泣くというのは、結構体力がいるんですわ。
ぼろぼろと涙の玉をこぼしながら、ディアーナはそんな事を考えていた。
寂しくて、悲しくて、同時に諦めがあって…………それでいて、嬉しくて、安堵していて、楽しみで。
…………………………………………………………でも、やっぱり寂しい。
たくさんの感情が渦巻いているのに、どこか冷えた部分で現実を見ている自分がいる。
寝台の上に膝を抱えて丸くなり、ぽつり、とディアーナは呟いた。
「メイ……」
大好きな親友は、今ここ……ディアーナの私室……にはいない。
「メイ……メイ、メイ………」
ディアーナは親友の名を繰り返し呟いた。まるで、呪文の様に。
メイ、ディアーナの生まれて初めての友達………乱暴で、優しくて、口が悪くて、嘘を言わない…………
自由な魂を持った少女。能天気な態度とは裏腹に、彼女の目はいつだって美しく澄んでいた。
『ディアーナ、王女様だって幸せになる権利はあるよ』
ディアーナの顔をそっと覗き込んで、メイは言った。
『しあ、わせ……?』
『好きなひといるんでしょ』
言われた内容よりも、彼女の優しい微笑みが嬉しかった。
『…………でも、私は王女ですもの』
『そんなの関係ないよ!』
ディアーナの為に、本気で怒ってくれたメイ。
『あたしなんかじゃ頼りにならないかもしれないけど、応援するから!あたしに出来ることなら、なんでもするから!!ね、……………諦めちゃダメだよ、ディアーナ』
そう言って励ましてくれたメイ。
「大好きですのに…………」
もしかしたら、自分の恋人よりも。
この気持ちは愛とか恋とか名付けられないものだけれど。
大好きで、誰より大好きで。
……………………………………………………………………だから。
「泣くのは、今日だけにしますわ。明日は、きっと心から笑って見せますわ」
ぐいぐいと、両手の甲で顔をこする。
部屋に備え付けてある鏡台に視線をやると、涙でぐしゃぐしゃの顔に真っ赤な目をした少女が映った。
ひどい顔、ですわ。
くすん、と鼻をすすると、顔を洗おうとディアーナは寝台から滑り降りた。
冷たい水で頭を冷やして、今日はもう寝てしまおう……………そして、明日は笑うのだ。
翌日は素晴らしいほどの快晴だった。
神殿の控室で、メイは鏡を前に身支度の最終点検をしていた。
「ドレスって、どうしてこう着るのが大変なのかなあ……」
ドレスなど縁がない生活を送ってきたメイが、当然ひとりでそれを着られるはずもなく、数人の女性に着付けを手伝ってもらった。その人達は既に退室し、今、控室は少女ひとりだ。
「なんか、実感ないなあ」
胸元をいじりながら、はあ、とため息をつく。と、その時。
こんこん、と控えめなノックの後に、小さな声がした。
「メイ………今、よろしいかしら」
「ディアーナ!勿論だよ、入って!!」
そっと開けた扉のすき間から、ディアーナは身体を滑り込ませた。
そして、純白のドレスに身を包んだメイを見て顔をほころばせる。
「綺麗ですわ、メイ」
「えへへ、ありがと」
照れ臭そうに、メイは頭を掻く。もお、とディアーナはメイの手に触れた。
「駄目ですわよ、髪が崩れてしまいますわ」
「あ、やば………もー、慣れないカッコするもんじゃないわね」
きゅっ、とメイの手を握ったまま、ディアーナは真剣な目をして言った。
「メイ、ひとつだけ、お願いがありますの」
「なに?」
「幸せになってくださいませね」
ひた、と自分を見つめる王女に、メイはにっこりと笑ってガッツポーズをとった。
「もっちろん!!」
「うふふ」
「あはははっ」
ひとしきり笑いあうと、ふっとふたりの間に沈黙がおりる。
「……………………………メイ、幸せになってくださいませ」
「ディアーナ」
「ほんとに、ほんとに幸せになってくださいませね」
「うん」
「でないと、私、安心してお嫁にいかれませんわ」
今ならともかく、嫁いでしまったらもう、キールを殴りには行けませんもの。
そう言って、少し寂しそうにディアーナは笑う。メイはディアーナの前髪に指先でそっと触れた。
「これからだってあたしは、もしあいつがディアーナを泣かせたら即殴りに行くわよ」
「まあ、メイったら」
くすくすと又、ふたりで笑いあう。
「ディアーナ、キスしようか」
「え………」
唐突に言われた言葉の意味をとっさに掴めず、きょとん、と目を丸くするディアーナに、メイは花が開く様に笑った。
「ふたりとも、絶対幸せになるって約束のキス」
「でも、今日は」
これから結婚式ですのに。
「今日だから」
これから結婚式だからこそ、今したいの。明日はもう、あたしは人妻だから。あたしはもう、あたしだけのものじゃなくなってしまうから。今、この時に。
ディアーナの柔らかな唇に、メイはそっとくちづけた。
ふたりでした初めてのキスだった。そして、最後の。
恋じゃないし、愛でもない。そんな言葉じゃ追いつけない。
大好きで、大好きで。誰よりも……………………。
誰よりも。
花びらが雨のように撒き散らされ、高らかに鐘が鳴り響く。たった今式を終えたばかりのふたりが神殿からゆっくりと歩み出てくる。人々の祝福の中、彼と彼女は本当に幸せそうだった。
メイの頬にきらきらと光る涙の雫に目を留め、ディアーナは柔らかに微笑んだ。
泣き顔は、みっともないものばかりだと思っていましたけど……幸せな涙は、きれいなものなのですわね。
ふと、メイとディアーナの視線が合う。
「お幸せにね、メイ!」
「うん!ディアーナも!」
だって約束したもの。言葉にはせず、悪戯っぽくふたりは目を輝かせる。
最初で最後の約束のキス。
ふたりだけの秘め事。ふたりだけの約束。
花びらの雨の中、ふたりの少女は心から幸せそうに微笑んだ。
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