家に帰ろう

りあ

ライン

「ね、キール。丘にハイキングに行こうよ。」
帰ってくるなり突然メイが言いだした。
「いつ?」
「あさって。お弁当作るから、二人で食べよう。」
幸せそうにメイが言う。
その丘はクラインの王都から少し離れた場所にある。景色もよく、日帰りのハイキングにはもってこいの場所だった。
「これは明日までだし、あさってなら特に急ぎは無いからいいが・・・・。」
キールが言いながら、いったいどうしたんだ?と思う。
今日は春の季節祭だった。一緒に行こうと言うメイに、今日は急ぎの仕事が入っているから、と断り、怒って出ていったばかりだったのだ。
大体、そういう時のメイは怒りが消えるまで帰って来ない。それが、今日はどういう訳か出て行ったと思ったらすぐ帰ってきたのだ。
「ホント?今度は嘘だと言わせないからね!絶対だよ!」
メイは笑顔でお弁当用の買い出しに行って来る、とまた出かけていった。


キールとメイが一緒に暮らしはじめてもうすぐ半年。春になり、だんだんと日差しが強くなってきた頃だった。
メイは変わらず過ごしていた。キールと言い合いをしながら明るい笑顔で。


翌日、空は綺麗に晴れ渡り、暖かい日だった。
いつもはなかなか起きないのに、早起きしてメイはお弁当を作っていた。
そのメイ曰く“会心の出来”のお弁当をキールが持ち、二人はハアハア言いながら丘を登る。
「うわあ・・・。綺麗・・・。」
丘を登り終えたときメイが呟く。
「ああ。」
丘から見る景色は、春の美しい季節を表した様々な色と、晴れた空の色で絵のように美しかった。
王都が小さく見え、王都の側の湖が太陽の光を反射してきらきらと輝いていた。
「お弁当にしよう!」
メイが言う。
確かに今日ここに来たのは正解だった。明るく暖かい春の日差しと柔らかい涼やかな風が二人を包む。
「ねぇ、キール、ダリスはどっちなの?」
金髪の美しい親友が赴任している先を問い、キールが答える。
「あの山の向こうだ。」
「ふーん。じゃ、あっちには何があるの?」
「セレスティア公国だ。・・・お前、地理も分からないのか?」
「だって、地図と実際の風景は違うもん。」
もっともな意見を言い、メイは走り出す。
「危ないぞ!」
キールの声を無視しながら軽やかに踊るようにはしゃぐ。キールはそれを眩しそうに見つめていた。


「今日は、みどりの日なの。」
はしゃぎつかれて二人で日向ぼっこをしていたときメイが突然言った。
キールは首を傾げる。
「私の世界の・・・・私の国の祝日なの。」
「・・・・・。」
「でね、うちでは毎年みどりの日には家族でハイキングに行っていたんだ。」
メイがキールを見つめる。何の感情も見えないメイの瞳にキールはどきっとする。
「お、まえ・・・。」
キールの言葉にメイが笑う。
「帰りたい、とか、そんなんじゃないの。」
「だって、お前。」
「キール、気にしすぎだよ?私はここで幸せなのに。」
「・・・・。」
「私は帰らないって言ったよね?帰さないって言ってくれたよね?」
「・・・ああ。」
真意が掴めないまでも肯定する。
「なのに、まだ、あの研究をしてる。」
「どうして、それを・・。」
キールは毎晩少しずつ、メイを帰すための魔法の研究を続けていた。キールにとってそれは止めることの出来ない研究だった。
もし、帰りたいと言ったなら、いつでも帰れるように。
帰らない、のではなく、帰れない、にならないように。
「気づいてないと、思った?」
いつも、メイが眠ったのを見計らってから数時間しか行っていない研究。気づかれないように細心の注意を払っていたのに。
「ああ。」
「私を甘く見ないでよね。」
メイが笑って言う。
「じゃあ、今日ここに来たのはどういうことだと思う?」
「・・・・?」
全く分かっていないキールにメイは言う。
「あのね。私たちは、家族よね?」
「ああ。」
「だから、私は、私の家族と、ハイキングに来たのよ。毎年ハイキングに行く日に。」
「・・・・・。」
「家族なのよ?だから、内緒であんなこと、しないで。」
メイは真剣だった。
「だって、帰れないだろう。」
「だから、帰らないって言ってるでしょ。」
「だって、泣いていたじゃないか。」
それは彼女がこの世界にきてしばらく経った頃。
彼女の世界の物を壊してしまい、泣いてしまった彼女。あの涙は忘れられなかった。帰りたくないはずは無い。そう思って続けてきた研究なのに。
「キール、私はここで幸せなの。帰れないんじゃない。もし、帰れるのだとしても、キールの元にいることを私は選ぶの。」
「メイ・・・。」
激しい言葉。強い愛を感じずにはいられない言葉。
「もう、この世界で生きることを選んだの。」
「本当に、必要ないのか?」
「うん。だから、燃やした。」
「は?」
くすっ、とメイは笑った。
「昨日までの、研究の成果。」
「なっ・・・。」
「何のために今日早起きしたと思ってるの?」
今朝寝てる間に燃やしたのよ、そう言う。
キールは呆れて声も出なかった。
そんなことが出来るほど、彼女は強かったのだ。自分が感じていたよりもずっと。
彼女が帰れないことを気にしていたのは自分。
彼女はこの世界で生きていくことを決めていたのに、いつまでも彼女と彼女の世界をつなげていたのも自分。
「もう、忘れてね?」
自分も忘れるから、そう言ってメイはキールの返事も待たずにまた軽やかに走り出す。

キールは本当はもっと彼女は弱いと思っていたのだ。
虚勢を張って生きているのだと、本当はもろいのだと。
だが、本当にそんな彼女を愛したのか?
否、自分は強い彼女に惹かれたのだ。
こうやって気にし続ける自分。
人を拒絶しながらも本心では頼っている自分。
そんな自分と違い、本当の強さを持つ彼女に惹かれたのだ。

キールは思った。いつから、彼女を誤解していたのだろう?、と。
そして、研究のことを気づかれているのに、それすら気づかないほど彼女のことを見ていなかった自分を恥じた。

「きぃーるー!もう帰るよー!!」
バスケットを持ってメイが笑う。
確かに、帰る場所はメイにとっても自分にとっても、あの家しかないのだ。
小さくても暖かい家。
二人の家。
二人は家族なのだから。


違う君を愛さぬように。
本当の君を愛せるように。
いつも君を見つめていよう。


「ああ。」
やさしく微笑み、キールもその一歩を踏み出した。

ライン

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