「忘れないで」
少女はそう言って微笑んだ。
いつもの、生気に満ち溢れた彼女とはまるで違う表情で。
……はらはらと舞い降りる雪は、白い闇を創り出す。
その中では、目の前にいるひとしか見えなくなる。
儚く、淡く、壊れそうな……………彼女はまるで幻の様だった。
外に行こう、と先に言い出したのは少女の方だった。
「外に行こうよ、ね、キール」
「だって今日は」
「今日は降誕祭なんだから」
ほとんど少女に押し切られる形で、ふたりで雪の降る街に出た。
雪の降誕祭で愛を語らうなんてがらじゃないけれど。でも。
特別な日に特別なひとと一緒に出かけるのは、なんだかとても幸せな事だった。
どちらからともなく、手をつないで歩く。
降誕祭だけあって人出は結構多かったが、音もなく降り続ける雪のせいで、すぐ近くにいる人間の顔しか判別はつかない。
異世界人の少女と、緋色の肩掛を拝領した魔導師。
特に何をしている訳ではなくても、ただそこにいるだけで彼らは人目を集めてしまう存在だった。けれど、今日は周囲から雪がふたりを隠してくれる。
からめた指先で互いの体温を探りあう、ただそれだけの行為なのに、抱きあうよりも激しい高揚に胸が沸き立つ。くすくすと笑いながら、そっと身体を寄せ合って歩く。
「しあわせ、だねぇ」
ふと、何の脈絡もなくそう言って笑う少女に、「何馬鹿なこと言ってるんだ」と、柔らかな口調で青年が返す。
「だってそー思ったんだもん!………キールは、あたしといて幸せじゃないの?」
「……………まあ、な」
つま先立って顔を覗き込んでくる少女に、青年は微かに頬を赤らめて小さく呟いた。
「なによー、どっちなのかハッキリ言いなさいよ」
口から出るのはたわいもない言葉ばかりで。なのに、それがどんな高等呪文よりも尊いものに思えた。
「………………よく、降るね」
「ああ」
「なんだか、こうやって見上げると不思議な感じがするね」
「こら、目に雪が入るぞ」
「大丈夫だってば、ほら、キールも空を見てよ」
立ち止まって、ふたりして空を見上げる。曇っているはずなのに奇妙に明るい空から、途切れることなく白い雪が次々と舞い降りては青年と少女の身体にとまった。
つないでいた手をほどくと、少女は空に向かって両手を差し伸べた。
「こんな雪の日は、あの空の向こうに別の国があるみたいな気がしない?」
「…………メイ」
「あたしね、最近思うんだー。あの空のずっと、ずーっと向こうに、あたしの世界があるんじゃないかって」
「…………………すまん」
「どうしてあやまるの?」
少女が、顔を青年の方に向けた。
「俺が、おまえを帰してやるって約束したのに………そのくせ、引き留めて」
「ばかね」
手を下ろすと、肩を竦めて少女は笑った。
「帰らないって決めたのはあたしよ、あんたじゃないわ。それにこれからだって、帰りたくなったら何としてでもあたしは帰るわよ!あんたが引き留めたってね」
ただ。と、再び少女は空に目をやった。
「あたしが最後にかえる所は、あの空の向こうなの………生きてる間は、あんたの側にいるよ。でも……いつか、ね……この身体がなくなった時あたしがかえっていくのは、この世界じゃないの。それを、忘れないで」
そう言って、少女は淡い微笑みを浮かべた。
それは、いつもの、生気に満ち溢れた彼女とはまるで違う表情で………。
淡く、儚く、壊れそうな……………彼女は、幻の様だった。
白い雪の中に、少女がかき消えてしまう様な錯覚に陥った青年は、思わず手を伸ばしてその小さな身体を抱き寄せた。
「メイ、いくなよ。どこにもいくな」
「キール?………いかないよ、生きてる間はね。言ったでしょ?」
「そうじゃ、なくて……ッ」
ずっとずっと、側にいて欲しかった。生ある内も、死した後も。完全に彼女を自分のものにしたかった。自分の腕のなかに閉じ込めておかなかれば、彼女がどこかに行ってしまう気がして、不安でたまらなかった。いつも、いつも。………けれど。
彼女は自由だった。彼女の魂は、けして青年のものにはならない。彼の魂はひとかけらも残さず彼女のものだというのに。不公平だ、と青年は焦れる。理不尽な憤りに支配される。
けれど、……………けれど。
本当は心のどこかで解っていた。いつか、自分は彼女に置いていかれるのだ。
「あたしは、今しあわせだよ?」
少女の手が、優しく青年の背を撫でた。
「キールは、幸せじゃないの?」
「おまえが、そばにいてくれれば…………」
腕に力を込める青年に、少女は苦笑をこぼした。
「死んだ後まで、あんたの面倒みろってゆうの」
「そういう事を言ってるんじゃない」
「解ってる」
青年の胸に強く抱きしめられながら、少女の目は空を見上げていた。
(それでもあたしはいつか、そらにかえる…………キールとは、違うところに)
はらはらと舞い降りる雪は、白い闇を創り出す。
その中では、目の前にいるひとしか見えなくなりそうで怖い。
「ばかね、キール」
呟いて、目を閉じた。
雪はまだ当分止みそうになかった。
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