ある晴れた日の午後。
「やっほ〜ディアーナ!あたしねぇ、妊娠しちゃった。だからとーぶんお茶会にとかには来れそうにないわ」
えへっと笑いながら言うメイに、ディアーナはひたすらひたすら目の前が遠くなるのを感じた。
その日シルフィスはたまの休みなので、己の愛剣を取り出して、いそいそと手入れをしていた。非常に気分が良く、満面の笑みを浮かべて剣を磨いていたのだ。
「シルフィスーーーーーッ!!」
そこに、ものすごい音と共に、彼女の親友の一人であるディアーナが駆け込んで来たのだ。それがあまりにもすごい勢いで、そうしてシルフィスはあまりにも驚いたため、危うくディアーナと顔面衝突するところであった。・・・・本当に後少しのところ、であった。
とにかく、ディアーナの姿はすごかった。髪は乱れ、愛らしい顔は涙でぐしゃぐしゃ、服の所々は途中で引っかけて来たのか綻んでいる。
シルフィスはしばし呆気に取られていたが、ようやく我に返ると、何度もつばを飲みこみながら、ようやく言葉を発した。
「ひ・・・・姫・・・??一体何が・・・うわっ」
「そうなんですの、シルフィス!!聞いて下さいませーーーっ!!」
シルフィスが問いかけた事をこれ幸いに、ディアーナはつかみかからんばかりの勢いで事情を説明しだした。
「メ・・・メイが妊娠してしまったんですの・・・・・」
「し、してしまったって・・・・・」
ディアーナの言い草に苦笑を禁じ得ないシルフィスだった。あはは・・・・と渇いた笑いを漏らしていると、ディアーナから「聞いているんですのっ!?」とゆー容赦ないツッコミがされるのであった。
ディアーナの、身振り手振りの説明が一通り終わったところを見計らって、シルフィスは口を挟んだ。この辺のタイミングはさすがである。
「・・・それで、姫はどこがショックなんですか?」
途端、きいっとディアーナがシルフィスに目をむけた。それはそれは、思わずシルフィスが後退りしてしまったほどである。
「もちろん妊娠した事ですわ!!・・・・そりゃあメイの赤ちゃんが見れるのは嬉しいのですけれど・・・・」
語尾の方は弱々しくなってしまった。口の中でなおも相手がどうの、とぶつぶつつぶやきかけていたが、突如我に返ると、うるりと涙を滲ませた。
「さ、3ヵ月なんですのよ、もう・・・・・・」
「え、3ヵ月なんですか、それは早いで・・す・・ね・・・って、え!?」
シルフィスは、ディアーナの言葉をおめでたいなぁと思いつつもにこにこと聞いていたが、唐突に彼女の真の意味を理解すると、ぎょっとなった。
「ず、随分と早くありませんか・・・・・・??」
「そう!そうなんですわっ!」
シルフィスもそう思いますでしょう!?と、彼女の言葉に我が意を得たとばかりに、ディアーナは勢い込んで頷いた。さりげなくシルフィスの手を握り、じいっと見つめる。
「メイが結婚したのは昨年12月の降誕祭の時ですから、で、今は1月・・・です、ね・・・・」
「でももう3ヵ月なんですのよね」
シルフィスは、ディアーナの期待の眼差しにさらされながら言葉を続けた。
「逆算していくと・・・・・12、11、10・・・・・・10月ですね・・・・・・・その、ええと・・・・・・・・・があったのは・・・・・・・・」
「ええ、全くもってそのとおりですわ、シルフィス!」
よくで来ました、と言わんばかりに会心の笑みを浮かべるディアーナ。しかし当の彼女は全く別の事を考えていた。
キールって、意外と手が早かったんですね・・・・・・
妙なところで感心してしまうシルフィスであった。
「・・・・・・・・・ですわよ、シルフィス!」
「・・・・・・え?」
あんな顔と態度をしてやる事は、などとつらつらと考えているところにいきなり答えを振られて、シルフィスはぽかんとしてしまった。そんな彼女に、ディアーナはじれったそうにもう一度繰り返す。
「ですから、これからキールを締め上げに行きますわよ、って言っているんですの!シルフィス」
「え?・・・・・ええええっ!?」
シルフィスが何かを言う前に、ディアーナは問答無用で彼女を引きずりながら、部屋から足音も荒く出ていったのであった。。
「ここに隠れていたんですのね、キール!!!!」
ばったーーーーん!!と思いっきりドアをぶち破りながら、ディアーナとシルフィス(正確にはディアーナだけだが)はキールの部屋に怒鳴り込んで来た。
キールと言えば、魔道書を読んでいたらしく彼女らのイキナリの登場に思わず目を丸くしてしまった。だが、誰が入って来たのか分かると、キールは憮然とした顔つきになった。
シルフィスは、その間ひたすら手を組んで祈っているしかなかった。
ああああああああ、何事も起こりませんように・・・・・(起こっているけど)・・・・・無事に済みますように・・・!
だがシルフィスはこう祈りつつも、決してそこから逃げるような事はしなかった、否、出来なかった。何故なら彼女の親友のその後の動向が非常に心配だからだ。彼女を独りで放って置くと、いったいなにをしでかすか分かったものじゃない。
せめて私が最後の堰の役目を・・・・!!
「・・・・・・で?姫、お言葉ですが俺は隠れるなんてしていませんけど」
キールの言葉は冬の氷よりも冷たかった。あああああ、とシルフィスは心の中で叫びながら事の成り行きを息を呑んで見守った。
「ここに居たのが百年目。覚悟しなさいませ、キール!」
びしっと指を突き付けるディアーナ。
「・・・・・・ですから、姫?一体何を・・・・・・」
キールがそれをまたか、というため息とともに言葉を紡いだが、ディアーナはそれを最後まで言わせなかった。
「さあ、白状するのですわ!!!」
はあっとキールは息をついた。会話がさっきから全く成り立っていない。まあ、一方通行なだけだが。ディアーナは話が通じなくても良いのだろう、としみじみキールは思う。
分かっていた事だ、メイと付き合った時から。なぜか知らないがディアーナはメイに異常な執着心を抱き、以前からメイに近づく男には過敏な反応をしていたが、キールがメイと付き合うと、彼の事を自分からメイを奪った憎いやつと認識してしまったようなのだった。
それからというものの、彼はディアーナにことごとく目の敵にされ、何度美味しい場面を邪魔された事か。そりゃあもう、何度も何度も何度も・・・・・・!!残されたこの手の行き場をどうすれば良いのだ、全く!
知らず知らず、キールはこぶしをぐっとマントの中で固めてしまった。
その経過を全く知らないシルフィスは、彼の横顔を見て、ああああ、なんだか知らないけれどすごく怒っているようです〜、と内心真っ青になってしまっていた。
「良いですの?なんであんなにメイの妊娠が早いんですの!?さあ、早く白状しなさいですわっ!!」
なんだか過去の怒りを持ち出して、怒り沸騰寸前まで来ていたキールはディアーナのこの言葉を聞くと、瞬時に熱が冷めてしまた。この話題は彼にとっても痛いところであったのである。
「・・・・・・・さあ、どうしてでしょうね」
「どうしてでしょうね、じゃないですわーーーーっ!!」
言葉とともにいきなり飛んできた厚さ30cmもある魔道書を、キールはかろうじて身をひねってかわす。このタイミングもさすがに慣れたというものだ。
シルフィスははらはらしながらこれらを見ていたが、しかし止める気は先ほどよりも薄れてしまっていた。何故なら彼女も理由が知りたかったからである。・・・・・・・・・計算が合わない理由を。
早く言いなさいですわっ!とのオーラを全身から立ち昇らせているディアーナを見て、キールはまずいな、と思った。いい加減にはぐらかしても彼女は絶対納得しないであろう。聞くまでてこでもここを動かないはずだ。下手したら毎日通ってこられるかもしれない。
・・・・・・・・・・それは絶対いやだな。
結論にたどり着くと、しぶしぶとキールは理由を話しはじめた。
「実は俺も良く覚えていないんですよ、姫。多分事があっただろうと思われる日はなにぶん二人ともすごく酔っていたのですから」
「・・・・・・もっと詳しく言ってくださいませ」
ちっと口の中で軽く舌打ちをすると、キールは髪をくしゃくしゃにかき混ぜながら、椅子に深く腰掛けた。
「ですから、俺の誕生日に二人だけで祝ったはいいが・・・・・」
そこで一旦キールは言葉を切った。何故ならディアーナからの視線が、いきなり痛さを増したのだ。彼女は『二人だけ』の言葉に反応したのだろう。
「・・・祝ったはいいんですが、二人ともお酒を呑みすぎてべろんべろんに酔ってしまったんですよ。おぼろげに覚えてはいるんですが、朝起きた時には各々自分のベットに戻っていたし、服も乱れていなかったので夢かとその時は片付けてしまったんですよ」
はい、これで良いでしょう?とばかりの視線を、キールはディアーナに投げつける。見ると、ディアーナはどう攻めてやろうかと考えあぐねているようだった。
キールは彼女が口を開く前に追い出してやろうと思い、手振りで早くでていけとの指示をした。彼女がなかなか動かないのを見ると、深く息を吐き出しキールは立ち上がり、自らドアを開けてやった。
ディアーナがすごすごとそこから出て行こうとする瞬間、きっとキールの方をすごい目で睨んだ。キールはその目を見て、ようやく彼女に仕返しする事が出来た、と思ってしまった。
多分それがいけなかったのだろう、とあとでしみじみと思う。
「俺も内心焦ったんですよ。何せ新婚初夜血が出ないんですからね」
心配して損したんですから、と口を滑らしてしまった。本音をついついぽろっといってしまったのである。
「こっこっこ」
いきなり変な声が聞こえて来た。キールはその声の出所を見ると、ディアーナが顔を真っ赤にして言葉を詰まらせていた。しまった、と思った瞬間。
「・・・・・っこのばかちーーんですわーーーーーーー!!」
言葉とともにキールの顔に、ディアーナの鉄拳が見事に決まったのであった。
キールは後1週間ほど消えない青痣を顔にこしらえていたという。
|