プロローグ

あみ 様

ライン

「うわあ、なんかすっごく懐かしいわ〜」
王立図書館の最奥で静寂が途絶えた。
貴重な古書を管理する文官はこの軽やかな声を耳にすると、ほぼ3年ぶりに眉をそびやかした。
その人物に彼は厳めしい顔つきで目を遣ったが、それが小柄な若い女を認めると多分に人嫌いの彼をして少々好意的なものが混じった。彼女の功績をこのクライン王国中で知らぬ者はいない。
隣国ダリスの魔法兵器を看破し、単独で本拠地であるダリスの城に潜入した勇者。
そしてエーべ神をその身に光臨させ大樹を呪縛と破滅から救った異界の魔導師メイ・フジワラ。
人々の語る仰々しさとは無縁の足取りで彼女はそびえ立つ書棚の合間を泳ぐように進んでゆく。
さらりと動きにつられて背に届きそうな髪が風になびく。
大きな瞳は理知的な光が宿っているが、くるくると動く様は好奇心を抑えられない様が窺える。
時間に置き去りにされた遺物たちの眠る閉じた空間のなかで、彼女は花のように鮮やかだ。
瑞々しい生命力が眩しいほどに彼女の全身を際だたせている。
少なくない閲覧者の視線を集めながらも、変わらぬ歩みで彼女はただひたすら歩き続ける。
そうして迷いなく目的の書物の収められたところへたどり着いた。

『創造魔法』
すでに失われ伝説となって久しいこの魔法に関する文献が集められた一角に彼女は立っていた。
彼女には、創造魔法の使い手としての素質があった。それを早くに認めてくれたのはこの世界に彼女を召還した緋色の魔導師だった。そして先のダリス大戦で彼女の魔法力は一気に開花し、彼女の保護者の魔導師の制御を越えてしまったのだった。
安定しない器に大きすぎる魔法力を持つ彼女はクラインにおいて危険すぎた。
全魔導師を束ねる筆頭魔導師は世界の均衡が傾くその臨界を感じて彼女をダリスに置くことを提案した。干涸らびて瀕死のダリスの大地に彼女の力を吸わせようと。
そうしてダリスを再統一した新王アルムレディン・レイノルド・ダリスが王妃としてクライン国第2皇女ディアーナ・エル・サークリッドを伴い即位するのにあわせて彼女も旅立ったのだった。

大樹と魔法への知識を求め、村人の絶えたアンヘル族の村落をまわり慰霊と文献の保管を重ねて歩く日々が続いた。次代の大樹の若木を見守りながら文献をあさり、創造魔法の輪郭を描き出そうとしていた。それは彼女にしかできないことだった。アンヘルの長老ですら伝え聞くのみの古文書を彼女には読解し、あまつさえ書き連ねることも可能だった。何故ならそれらが彼女の生まれ育った国の言語であったからだ。

彼女の祈りを受けて大樹はその名にふさわしい成長を遂げていく。
膨張し続けた彼女の魔法力を飲み込む勢いで急激に枝を張り葉を繁らせて、そしてやがてその成長は止まった。本来あるべき生育速度を取り戻したというべきか。
そうして彼女はふたたび旅立ちの準備を始める。
アリサと呼び語りかけたその大樹をダリス国王と彼女の友人であるディアーナ王妃に託して、彼女はクラインへと向けて駆け出したのだった。
大樹を祭った神殿には現代語に翻訳された古代文献が多数残され、ダリスとクラインの魔導師たちの交流がますます盛んになっていくのは後の両王国史が記すとおりである。

こうしてクライン王国への入国許可書とともに永住権を手にした彼女が真っ先に飛び込んだのがこの王立図書館だったのである。
緑の風が眩しい季節。
この世界で彼女は初めて自分から知識を求めたこの場所で一冊の本に手を伸ばす。
彼女の届くよりわずかに上に並べられたその本が、そっと抜き出される。
そして彼女はワーランドで最も美しい緑の煌めきを見つける。
会いたくて。文字通り飛んでゆきたい心を抑えて想い続けた緋色の魔導師を。
満面に笑みを浮かべて抱きつく彼女と勢いでぶつけた頭の痛みに苦笑する彼は、3年の時を埋めるように何度も口づけを交わし互いを確かめあった。
そうしてふたりは語らないまま視線で会話をする。
悪戯な瞳の彼女に、そのやわらかな髪をそっと梳き、頭を何度も撫でながらにやりと不敵に笑む彼。
くすくすと笑いあい囁きあうようなふたりの口づけはいつ終わるともなく繰り返される。

するりと通り抜けた風が彼の手から滑り落ちた本をぱらぱらと音を立ててめくっていく。
それはクラインのお伽噺。
ふたりの心が交差した最初の1ページ。この世界の言葉がわからない彼女に魔導師の差し出した絵本。
皮肉屋で人嫌いの彼のやさしさに触れた初夏。

すべてはここから始まったのだ_______

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