お仕事です!

HENNA 様

ライン

 図面は出来上がった端から、次々に壁にピンで留められていく。
 二つある作業机のひとつには書類や書きかけの図面、ひとつには薬品を暖めるアルコール・ランプが所狭しと置かれている。
 勢い、机上から追いやられた文献や書物は床に山と積まれ、足の踏み場もないほどだ。
 椅子はあるのだが、中座しているうちに相棒が上に書類を積み上げてしまって、どかさないと座れなくなる。最初のうちは互いに文句をいっていたが、作業に没頭するうちに、二人とも必要な会話しか交わさなくなった。

「メイ、それ取ってくれ。」
「はいよ。あっキール、このペン借りるね。」
「おいおい。」
「あたしの、先がつぶれちゃったもん。」
「倉庫にストックがあったろ。持ってきといてくれ。」
「へ〜い。」

 普通の人々はまだ夢の中、そろそろ夜も明けようかという時間に、この部屋だけは異様な活気に満ちていた。
 キールはぐりぐりと目こすりつつ、魔法陣のための計算に余念がない。トレードマークの眼鏡はとっくにはずされ肘のところに置かれている。
 メイは髪を耳の後ろに手挟み、夜食の甘パンをくわえたまま、計算結果を図に書き起こしている。いつもの軽口も出ず、表情は真剣そのものだ。

 キールが始めたラボは、基本的には研究院や王宮から調査仕事を回してもらうだけなのだが、時々個人のお客が飛び込みでやってくることがある。
 今回もまさにそれで、しかも締め切りまでの余裕が三日と短かった。もちろん、そういう悪条件の仕事だからこそ、回りまわってこんな小さなラボに依頼が来るとも言える。
 普通、そういう仕事の大半はキールが断ってしまう。いくら報酬が高額でも、自分の実にならない仕事は受け付けないのだそうだ。
 こんな駆け出しで仕事を選ぶなんていい度胸してる、とメイは思う。
 しかし、非常に若くして「緋色」となったキールは業界では結構有名で、断っても断っても意外に仕事の話はひききりなしにあるのだった。
 だから、今回の話もてっきり断ると思ったのに、キールはちょっと考えてから
「お受けします。」
と答え、それで全てが決まった。

「あんたのせいでこの三日の忙しさったら!しかも今日は徹夜じゃんよ〜。
あたしにも絶対とばっちりくるんだから、受ける前にせめて相談くらいしてほしい。」
「お前の雇い主は誰だ?」
「そりゃ、キールよ?」
「で、お前の身分は。」
「……ただのバイト。」
「わかってるんなら愚痴るな。」

 締め切りは今日の10時。あと5時間ある。
 メイはたった今書き上げた最後の図面をためつすがめつ眺めた後、両手をあげて叫んだ。
「できた!」
 キールが顔もあげずに突き出した手の上に、それを載せてやる。
「うあ〜!肩がばりばり!ちょっと一息入れよ。お茶沸かすね。」
 メイはぱたぱたと足音をたてて、隣のキチネットに移動する。
 キールは黙ったまま、メイから渡された図面をチェックした。
――いい出来だ。
 彼女はまだまだ知識が足りないところがあるが、飲み込みは早いし、しかも自分勝手な判断で先走ることがない。わからないことはちゃんと尋ねて自分なりに理解しようとする。
 意外にも、魔導士としてはなかなか得難い人材ではあるのだ。もちろん、うっかりやった失敗が大事件に発展しがちなのが、彼女らしいところだが。
 まだ満足な給料を支払うことはできないが、自分の勉強になるから、といって独立の最初から彼を手伝ってくれている。
――バイトから格上げする前に、永久就職させちまいそうだけどな。
 そんなことまでぼんやり考えて、キールはぶんぶん頭を振った。いかん、集中が切れかけてるな。

「は〜い、おまちどお。」
 トレイに湯気の立つカップを2つ載せて、メイが戻ってきた。
 受け取って一口すする。
「これ飲んだら、仕上げに入るぞ。」
「おっけ〜!……ってことは、さっきのリテイクなしね?」
「問題ない。」
「は〜良かった。んじゃ、ここから先は、お願いしますよ、先生。」


 要らなくなった資料を片づけて机の上を空け、図面を正しい位置に並べる。それらはひとつの巨大な魔法陣の一部なのであった。
 用意した薬品に筆を浸し、キールは魔法陣に仕上げの呪文を書き加えていく。全体を見渡して、発現する力のバランスにも修正を入れなくてはならない。失敗が許されない緊張する作業だ。
 メイは黙々と作業するキールを眺めている。既に彼女に手伝えるだけの仕事は終わったし、後片付けは少しゆっくりしてからやるつもりだ。
――うう、悔しいけどさすがだわ……。
 しなやかに動く彼の手は迷うことがなく、機械のような正確さで魔法陣を完成させていく。

「………ふぅ。」
 1時間も経ったころ、キールは軽く息をついて、机から顔をあげた。
 そのまま、しばらく無言でいたのち、ぱっと立ちあがっておもむろに道具を片づけ始める。
「キール?もう終わったの?」
 メイの問いかけに、キールはぶっきらぼうに、ああ、と答える。
「やった〜!ふぅ〜、なんとか間に合ったね〜。
ね、ちょっと見てもいい?」
「いいけど、触るなよ。」
「わかってるって。」
 メイは出来上がった魔法陣をぶつぶついいながら検分していたが、いきなり
「ねえ、キール!」
と大声で彼を呼んだ。
「なんだ?」
「これ……ここのとこの呪文、見たことない。」
 メイは心底びっくりした様子で、魔法陣のある一部を指している。何か間違いでもあったかと急いでメイの手元を見たキールは、その意味に気が付くと逆にメイをまじまじと見つめた。
「お前、よくそれがわかったな。」
「何なの、これ?」
 メイは視線を魔法陣の上に落としたまま、魅入られたようにつぶやいた。
「お前もよく知ってる呪文の応用編。これを試せるかと思ってこの仕事を受けたんだ。」
 メイは驚いたようにもう一度その部分をよく見直すと、やっと得心がいったというように肯いて、一言ぽつりと言った。
「すごい。やっぱりあんたって天才だわ。」
 複雑な装飾を施されて分かり辛くなっているが、そういわれてよく見ると、元になる呪文はごくありきたりのものだった。それにいくつか別の呪文が組み合わせてあるのだが、そんな方法は今まで見たこともきいたこともない。
「組み合わせてあるのは、アレかな?あの魔道書にあったやつ。え〜と、これだったかな〜?」
 相棒の影響か、魔法マニアへの道を着々と進んでいるらしいメイは、すぐさま手元の本を開いて確認に余念がない。
 そんな彼女を、キールはやや唖然として見守った。

 すごいのはお前だよ。ちゃんと俺のすることを見て、理解した上でその価値を認めてくれる。そんな奴が百万分の1の偶然で、俺の人生に飛び込んでくるなんて、今でも信じられない。
 気持ちを口に出そうとして照れくさくてやめた。代わりに背中から手を回し、メイの小さな体をそっと抱きしめる。
「きーる?」
「これは俺が届けにいくから、お前は少し寝てろ。疲れたろ?」
「ん〜ん、元気だよ。」
「……約束の時間まで、まだ3時間はあるな。少し俺も休むか。」
 そう言って、キールはメイを強引に寝室へ引っ張って行こうとする。
「ちょっ……!なによ、あんた何考えてるの?」
「別に何も。」
「うそ!アヤシイ!」
 そんな小競り合いが始まろうとしたその瞬間。
 ドンドンと玄関の戸を激しく叩く音に、二人は顔を見合わせた。扉を開けてやると、慌てた様子の騎士服の少年が飛び込んできて叫んだ。
「すみません!騎士団の朝練中に、怪我人が出ました!
研究院よりこちらの方が近いので……申し訳ありませんが、治療お願いします。」

 二人は一瞬固まった。しかし、すぐにキールは無言で部屋を出ていった。
 心配そうにその姿を目で追う少年に、メイは励ますように微笑んで言う。
「大丈夫。着替えに行っただけだから。じゃ、詳しい場所と怪我した人の名前を教えてくれる?」


 二人が安心して寝室に引き上げられるのは、まだまだ先になりそうだった。



    [言い訳]
     すみません。私の表作品ってどうしてこう甘くならないんでしょう?
     もういいんです、諦めました。(しくしく)

    [管理人]
     諦めてもいいからもっと書いて。(はぁと)
     キールの愛が伝わってきて最高にハッピーです、私。



ライン

きるめいキャンペーンStoriesのトップページへ

トップページへ