おまじない

朝霧 なつみ 様

ライン

春の穏やかな日ざしもそろそろ終わりを告げようかという頃、キールは高熱を出して倒れた。
医者の診断では、ただの風邪との事だったのだが、連日夜遅くまで研究を続けていたのが祟ったのか、熱がなかなか下がらず、2〜3日寝込むこととなる。
これはそんなときのオハナシ。

「キール?具合どう?」
メイがキールの部屋に入ってくる。
その手には、水の入った洗面器とタオルを持っていた。
「……あぁ、特に変わりはない……」
キールが答える。
幾分、熱は下がったようだ。
その様子を見て取って、メイはホッとした。
「もぅ……、なんでこんな時期に風邪ひくかな。また、無理してたんでしょ?」
責めるような口調であるが、その声の響きからは心配している様子がにじみ出ている。
何も答えないキールにメイは眉をひそめた。
「ねぇ……、どうしてそんなに遅くまで研究するの。身体壊すまで。また転移魔法の研究してるんでしょ?あたし知ってるよ」
ベッドの傍らに寄って、キールの顔を覗き込もうとするが、キールはメイに背を向けてしまった。
そんなキールに溜息をつく。
「ね、キール。あたしさ、帰らないって言ったよね。ずっとキールの側にいるって。なのにどうして、まだ転移魔法の研究してるの?」
それでも答えないキールに、ちょっとだけ悲しそうな瞳を向けて、メイは言った。
「……あのさ、キール。迷惑だったら言ってよ。あたしがいるのが嫌だっていうんなら、はっきり言って。いつか帰そうと思って、転移魔法の研究続けてるの?何も言わないで、自分だけが貯め込んで、それで体を壊すなんて事しないで。……ねぇ。あたしの事、嫌いになった?だから帰すために研究続けてるの?」
「……!ちっ、違……!」
いきなり、そう言い始めたメイにキールは慌てて向き直る。
「じゃあ、どうして?どうして、まだ転移魔法の研究してるの?」
決して責めるような調子ではないが、それでもどこかに不安と悲しみを残してメイが訊ねる。
「……不安なんだよ」
メイから目を逸らして、ぼそっとキールが言った。
「え?」
「いつ、おまえが目の前からいなくなってしまうか、不安なんだ」
「それって……」
「おまえは、いきなり、俺の前に現れた。それと同じで、いつ不意にいなくなってしまうかと、いつも不安なんだよ。だから、いなくなってもすぐ探しに行けるように、すぐに迎えに行けるように、転移魔法を解明しておきたい」
顔を赤くして、そう言うキールにメイは自分も頬を僅かに染めながら、にこっと微笑む。
「あのさ……、やっぱりキール熱あるね。普段なら絶対そんな事言わないよね」
その言葉に尚更顔を赤くするキール。
「……ほっとけ」
そう言うキールの手をメイはそっと握る。
いつもは照れてしまってその手をふりほどくキールだったが、そのままメイが手を握るのにまかせていた。
「……冷たくて気持ちいい……」
「今、タオル絞ってたからだよ」
「……そうだな……、しばらくこのままで――」
そう言って、目を閉じるキール。
しばらくすると、穏やかな寝息が聞こえてきた。
「大丈夫かな……」
メイは心配そうにキールを覗き見る。
穏やかな表情を浮かべているキールを認めて、ホッと息をついた。
手を握ったままそっと語りかける。
「あのね、キール。あたしも不安なんだよ。あたしはこの世界の人間じゃないから、キールの所以外に行くところがないの。……ねぇ、キール。あたし達、ずっと一緒にいられるよね……」
握っていた手をそっと頬に当てると、キールをじっと見つめた。
いつもかけている眼鏡は、今は外している。
(……キス……したいな……)
唐突に頭に浮かんだ考えに、ボッと頬が染まった。
(や、やだっ。何考えてるのあたし!そんなんじゃないんだから!)
キールに背を向けて1人で焦りまくるメイだったが、でも……、と再び目を向ける。
(いいよね。いつもやってることだもん)
そっと顔を寄せると、キールに口付けた。
その途端、キールの目がぼんやりと開く。
「……何……やってるんだ……?」
どうやら、完全には起きてはいないらしい。
「早く治る、おまじない♪」
「……そ……うか……」
再び眠りに落ちていくキール。
それを見ながら、メイは思わず吹き出しそうになる。
(ぶっ……き、キールって可愛い。でも、多分覚えてないんだろうな〜)
ま、いっか。と1人ごちる。
(早く直ってよね。こっちが心配なんだから)
もう一度、今度は頬にキスして、そっと部屋を出る。

今はまだキールは夢の中。
愛しい少女のおまじないが効き目を現すのは、もう少し後のこと。

ライン

きるめいキャンペーンStoriesのトップページへ

トップページへ