最近、研究に没頭して、かまってやれなかった自分も悪い。そして、ようやく一段落つけて恋人の姿を探して見ればとうの少女は外出中。しかも、待てど暮らせど姿は見えない。門限の時間がとうに過ぎたと言うのに。
「あいつには、学習能力がないのか・・・?」
キールはイライラと呟いた。
自分の知らない所で、他の男に会ってるのではないかと思うと、いてもたってもいられなくなるような気がして、キールは気持ちを落ち着かせようと、魔導書に目を落とした。しかし、視線は文字の上をカラ滑りして、内容など頭にはいらないから、始末におけない。
「・・・どうしたんだ・・・俺は・・・」
キールは深く溜め息をついた。
少女は相も変わらず走っていた。
夕日に照らされて、オレンジ色に輝く髪を振り乱して、息を切らせんばかりに駆けていた。
何かと真面目で口うるさい恋人は、少女がふらふらと遊びに行くのが不満で仕方ない。1秒でも遅れたなら、課題が倍になってしまうのだ。
それは、少女を手元に置いておきたいという、恋人の独占欲からきているのだが、彼女はよもや、恋人がそこまで、嫉妬深いとは思っていなかったから、平気で他の(少女曰く)男友達に会いに行ったりするのを止めたりはしなかった。
「あちゃ〜、やっぱ、間に合わなかった・・・」
ゼイゼイと荒い息をしながら、がっくりとうなだれる。
研究院の門はしっかりと閉められていた。1秒でも、遅れた者に、容赦はないといわんばかりに。
「どっしよ〜かな〜?」
呼吸が落ち着いてきて、ようやくメイは思考が動き出した。
ちらりと、とある窓に目をやる。
何度か、門限後によじ登ったことのある窓。近頃では、メイの為にわざわざ鍵を掛けないでいてくれてたりする恋人の部屋。
「なんだかんだ言っても、面倒見いいのよね〜」
メイは自然と顔をほころばせながら、恋人の部屋の窓へと向かう。
窓を叩こうと手を伸ばした時、それは開いた。中から、不機嫌そうな顔をしたキールが、不機嫌に言う。
「随分、早い帰りだな?メイ」
「え?あははははは・・・・そ、そーかな〜?」
メイは引きつった笑いをした。
(やだな〜。目が笑ってない・・・)
冷や汗がたらりと背中を流れるのを感じた。門限に遅れたのは悪いし、課題もほっぽりだして出かけたので、何を言っても不利になってしまうメイは黙って上目使いに、キールの顔を覗った。
叱られた子犬が、主人に甘えたいけどしていいものか悩んでる風に。
その表情があまりにも可愛らしくて、キールは慌てて口元を押さえた。自然と口元がにやけて綻んでしまいそうになったのだ。
「さっさと入れよ・・・」
やっとのことで、キールが言うと、メイはパッと顔を上げまぶしいくらいの笑顔を向けた。
(う・・・)
以前から、笑顔が可愛いと思ってはいたが、両思いになってからは、以前にも増して可愛いと思うようになっていた。それは惚れた弱みと、一言で片付けてしまう事が出来ないほど、少女の笑顔は魅力的だった。
「よいしょっと・・・」
窓をよじ登り、入ったメイの第一声は、
「相変わらず、散らかってるよね〜」だった。
何日も入らなかったわけではない。2、3日前にも入っている。だが、それからも、明らかに、モノが増えてるのがわかった。まさに足の踏み場がないのだ。だが、キールの「お前に言われたくはないな」というセリフに、メイは更なる反論の言葉は思い浮かばなかった。
「ぐっ」
悔しそうに、言葉に詰まるのみである。
メイはあちこちに散乱している魔導書や、魔方陣を書いた紙を踏まないように気をつけながら歩いた。
「よっ、とっ、はっ、とと・・・っ!」
メイは本からはみ出した紙を踏んでしまい、バランスを崩した。
「あ、おいっ!」
派手な音を立てて、メイが数多くの本を道連れに、しりもちをついた。
「いたたたた・・・・」
「まったく・・・もっと慎重に出来ないのか?」
メイの腕を引っ張りながら、キールは呆れて言った。
「こんなに散らかしてる方が悪いんじゃないのよっ!」
「俺は転ばない」
「そっ!」
メイは思いっきり、キールの腕を引っ張る。
「うわっ!」
キールも本の海の中に身を沈めた。
「ふふん。気を付けないとだめだよ?」
「お前な・・・」
キールのすぐ隣りで、少女は笑った。屈託のない、その笑顔にキールは我知らず、口付けした。
・・・・・・・・・。
沈黙が2人を包む。
「・・・えっ?・・・」
何をされたのか、メイは理解出来なかった。あまりにも唐突な、一瞬の出来事。
緑色の瞳がまた、きらめいて近づき、メイは瞳を閉じる。
今度ははっきりとわかった。触れる唇の感触。吐息を奪うような激しい口付け。離れた一瞬後、また奪われ、舌を絡められる。
「・・ん、んん・・・・・・」
メイが少し逃れようとするのを感じ取ったキールは、更に深く口付けた。
「ん・・はぁ・・・・」
唇が離れ、メイが悩ましげな溜め息をついた。
「ん、もう・・・なんなのよ・・・急に・・・・」
「急じゃ悪いか?」
言いながら、キールはメイの耳たぶ噛む。
「き、キール・・・・!」
いつになく強引なキールにメイは戸惑いを覚えた。
いつも冷静で、恋人になったと言っても、あまりべたべたとしてはくれないキールにメイは近頃少々不満を持っていた。
もちろん、人目をはばからず抱きついたり、キスしたりとかは、抵抗があるが、二人っきりの時くらい、甘い雰囲気になってもいいのに・・・と、今日も友人に愚痴って(聞き手にとってはノロケになってるのだが・・・)きたのだ。それで、門限に遅れてしまった。
「ど・・・どーしたのよ・・・・?」
「・・・・・・嫌か?」
「え・・・?あ・・えと・・・そーゆー訳じゃ・・・」
その言葉を肯定と取ったキールはメイを強く抱きしめる。
近頃抱き締められなかった分を取り戻すように。少女の柔らかな身体の感触を思い出すかのように。
その心の奥深くには、自分の知らない時間に恋人が誰か他の男に会ってるのではないかという不安が渦巻いている事――つまり嫉妬心――に、キールは気づいていなかった。
ただただ、少女を独占したいという欲望が全身を支配して、唇を重ねた。
一度外れた箍は再び締めるには容易ではない・・・と、心の底でキールは思った。
暖かで、柔らかな身体を抱きしめてるとあまりの気持ちよさに、放せなくなる。誰にも、渡せない・・・と。
わずかな身じろぎで外れた唇から、メイが言う。
「痛いよ・・・キール・・・、本・・・痛い・・・」
どこか、喘ぐような艶めきを含んでメイが囁く。
キールはハッとして身を起こした。
「・・・悪い・・・大丈夫か?」
乱雑に散らばった、分厚い本の敷物は、抱擁には相応しくないものだった。
メイを抱き起こすと、彼女は足元をふらつかせて、キールの胸に倒れ込む。
「うきゃっ!」
「お、おいっ?」
「も〜、キールが悪いんだからね!」
メイは抗議の言葉を口にした。しかし、潤んだ瞳が相反する想いを語っているのを、キールは見て取った。
キールは微笑んだ。メイは艶めいた緑の瞳に見惚れてしまった。視線が合い、また、唇が重なる。
メイは黙ってそれを受け入れ、背中に腕を回した。
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