身代わりは、いらない

NARU 様

ライン

「ただいまー。」
夕方、両手にいっぱいの荷物を抱えて、メイが買い物から戻ってきた。
「ちょっと、待て。」
キールは目の前を通り過ぎようとしたメイをぐいと呼び止めた。
「な、なに?」
メイは予定していた帰宅時間を大幅に遅れていた。
「誰と会ったんだ?」
また文句いわれるなーと覚悟したメイである。
「憑いてる。」
ぼそりと不機嫌な声がして、メイの頭にぽんぽんとキールの手が触れた。
「何が?」
言われた意味がわからなくて、メイは聞き返した。
「だから、変なモノがお前に憑いてきてるんだよっ。」
イライラして答えたキールに、
「そ、それって・・・もしかして・・・キールにだけ見えてるっていう・・・アレ?」
と、おそるおそる聞き返してみる。
「そうだよ。」
ムスっとしたままキールは返事をした。
「わーん、やだっ!」
メイの手からどさりと荷物が足元に落ちる。
「もう、追い払ったよ。あんなの連れて来るんじゃない。」
そして、キールは最初の質問を再び口にした。
「で、誰に会ったんだ?」
「誰にって・・・街の人にはいっぱい会ったわよ。」
メイは一応、用意していた答えを返す。
「そうじゃない。」
キールの目は厳しい。
「う・・。」
これは誤魔化せないなとメイは覚悟を決めた。
「ディアーナとシルフィス・・・と一緒にイーリスに。」
最後の名前は消え入りそうなか細い声であった。

今日、メイが出かけたのはキールに頼まれた魔法材料の買い出しのためである。
あれこれ注文の品を何件もの店を回っているときに、ディアーナとシルフィスに出会った。
街でふたりに会うこと自体はそれほど珍しいことではない。
問題は広場で偶然耳にした噂話であった。
それによると、イーリスが病気でふせっているらしい。
3人は顔を見合わせた。
イーリスのファンであることはお互い暗黙の了解事項である。
ファンとしては、病気と聞いて放っておくことはできなかった。

「で、行ったんだな?」
「うん。だって、まんざら知らない訳じゃないし、病気らしいってきいて放っておけないじゃない。」
口を尖らせたメイをキールはジロリと睨み付けた。
「だからって、あんなモノを連れてきていいとは言ってないぞ。」
「そんなこと言ったって〜。わかんないんだもん。」
「・・・威張るな。」
「威張ってなんかないもん。」
「・・・。」
キールは大きく深呼吸すると、質問を変えた。
「その時、何か変わったことはなかったか?」
「うーん・・・わかんない。」
「・・・聞いた俺が悪かったよ。」
「どーせ、あたしはそういうモノに鈍いわよっ。」
「どっちにしろ、もう行くんじゃないぞ。」
キールは厳しく釘を刺す。
「えー!」
「まさかと思うが、看病に行くだなんてことは約束しなかったろうな。」
メイの面倒見の良さは長所でもある反面、なにかとトラブルに巻き込まれ易いという短所も備えている。
「き〜るぅ〜。」
メイは上目遣いにキールを見上げた。
「イーリスは、この国でひとりぼっちなんだよ。病気の時は誰だって心細いもんだし、ディアーナやシルフィスもあたしだっていろいろと世話になってるし・・・。」
はあ、とキールは大きく溜め息をついた。
ディアーナとシルフィスが絡んでいるとなると、止めたところで無駄であることは、これまでの経験からイヤというほど学んでいる。
「・・・どんな様子なんだ?」
「え?」
「治癒魔法でなんとかなるものなのか?」
「一緒に行ってくれるの?」
メイの表情がぱっと輝いた。
「お前に変なモノが憑くと困る。・・・研究に差し支えるからな。」
ふいと横を向いたキールにメイは、ばふっと抱きついた。
「夕食、期待しててね!」
呆気にとられたキールを後目に、メイは荷物を抱え直して台所へ向かっていった。



翌日、メイはキールと一緒にイーリスの泊まっている『錠前亭』へ向かった。
ディアーナとシルフィスも来ることになっているのだが、宿の入り口にふたりの姿はなかった。
「まだ来てないのかな?」
「先に来てないことを祈るよ。」
キールは、イーリスの部屋に近づくに連れて強くなる闇の気配に、警戒を強めている。
「お前、本当に何も感じないのか?」
「うん。」
あっけらかんとしたまま進むメイにキールは頭を抱えたい気分である。
「ここよ。イーリス、来たよ。」
メイは軽く声をかけると、そのまま扉を開けた。

「うわっ、なんなのよー!」
扉を開けたとたん、そこは凄まじいまでに冷気が漂っていた。
「何でこんなに寒いワケ!?」
部屋に入りかけたメイをキールが慌てて引き留める。
「莫迦!アレが見えないのか!?」
「何が?」
メイの目にはただの寒い部屋としか映っていない。
部屋の奥にベッドがあって、イーリスがそこに眠っているはずだからと首をのばすと、その傍らにディアーナとシルフィスの倒れている姿が目に飛び込んできた。
「ディアーナ!シルフィス!」
駆け寄ろうとしたメイをキールはがっしりと捕まえた。
「離してよ!」
メイはキールの腕の中で暴れた。
「落ち着け!」
「離せっ!」
メイは思いきりキールの向こう脛を蹴飛ばした。
「ってー!」
わずかに緩んだ隙を突いて、メイはキールの腕をふりほどいて飛び出していく。
「ちょっと、イーリス、しっかりして!」
メイの手がイーリスに触れた。
その瞬間、目の前が暗転し、メイは底知れぬ暗闇の中に放り出された。

キールはイーリスに触れたメイが、崩れるように倒れるのを為すすべもなく見つめていた。
「あの、莫迦・・・。くそっ。」
キールは素早く護符を張り巡らせると、部屋の中へ入り込んだ。
「おい、自分の悲しみを押し付けるためだけに、誰かを巻き込むのは止めろ!」
キールはその部屋に渦巻くモノを睨み付けた。
そのモノは、真の闇の澱みの底へとこの世の命を呼び込もうとしているのだ。
そこから発せられている負の感情は、人間の最も弱い部分を突いて死の世界へ誘っている。
「この男を連れていって、もし、あの世とやらで、お前の好きな相手がお前を待っていたら、どうする?」
そのモノの動きが、ふと鈍くなった。
「焦がれた相手がいなかった間の身代わりだとでも言うのか?それで、相手は納得してくれるのか?」
イーリスを捕らえている闇の手が震えている。
「それとも、お前の恋は身代わりで済む程度のものなのか?」
キールはそのモノが怯んだ隙に、イーリスの心に入り込んだ。
「闇に身を任せるのも結構だが、悲劇の匂いに毒されて他人まで巻き込むのは止めろ!」
キールは、イーリスの心にめったに表に出すことのない生の感情を激しくぶつけていく。
「俺にとってこいつは唯一絶対な存在だ。代わりはいない。こいつでなきゃ、ダメなんだ。こいつが死んだら、今度は俺が生き霊になって取り憑いてやる。」
単なる脅しで片付けるには、キールの力は強すぎる。
闇の手の為すがままになっていたイーリスの心に意志が生まれた。
「・・・困りましたね。余興のつもりが、怒らせてしまった・・・。」
イーリスは、闇の中心に向かって静に語りかけた。
「・・・すみません、せっかくここまでやってきて下さったのに。けれども、私は、あなたの愛した人ではないのです。・・・本当に、すみません。」
イーリスの心の闇に巣くっているモノが、次第にその力を失っていく。
キールとイーリスは夢の狭間から現実へと意識を取り戻していった。
「これでもう、逝けなくなったな。」
「彼女にも、断られてしまいましたよ。身代わりは、いらないと。」
「そいつは、結構なことだ。」
いつの間にか、部屋から瘴気が消えていた。

最初に気が付いたのはディアーナであった。
「あら、わたくし眠って・・・あら、メイ!」
「うーん・・え、メイ?」
ディアーナの声にシルフィスも瞼をこすっている。
「げー・・頭いたい・・・ずきずきする・・・。」
メイが最後に起きあがった。
「イーリス、大丈夫ですの?」
ディアーナが心配そうにイーリスを覗き込む。
シルフィスもイーリスの顔色を伺うように身を乗り出した。
「そういえば、顔色が随分とよくなっていますね。」
ふたりはイーリスの側にキールの姿を見つけ、メイに視線を返した。
「きっと、キールの治癒魔法が効いたんだ。」
メイが笑いかけると、イーリスはクスリと意味ありげな笑みをキールに向けた。
「ええ、しっかり聞かせていただきました。ありがとうございます、キール。」
穏やかな声でイーリスがキールに礼を述べるが、キールは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ黙ったままである。
「ちょっとー、何とか言いなさいよ。」
メイがキールを小突いた。

「・・・帰るぞ。」
「えー、もうちょっと、いいじゃない!」
「俺は、帰る。」
キールはすたすたと部屋の入り口へと歩き出した。
「待ってよ!ちょっと、キールってば!」
メイがパタパタとキールの後を追いかけていく。
「また、是非、演奏を聴きに来て下さいね。」
イーリスはにっこりと、部屋を出ていくふたりに声を掛けた。
「メイにはとっておきのバラッドをご披露しますよ。」
「うん、必ず行く!」
ばいばいと手を振ってメイは扉を閉めた。

イーリスがクライン王都を去ったのはそれから間もなくのことであった。
メイが、とっておきのバラッドを聴かせてもらえたかどうかは定かでないが、キールが治療代を請求しなかったことは、特記事項としてラボに記されている。

ライン

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