眼鏡とキス

ジェイ 様

ライン

深夜。
目の前の文献に深く集中していた青年、キール=セリアンは、ふいに横合いから伸びてきた手に眼鏡を奪われ、ひどく驚いた。

「キールってば、働きすぎ!
・・いったい何時まで仕事する気なの?」

ランプの灯りに浮かび上がったのはつややかな茶色の髪。
茶色くて大きな、きらきら輝く瞳。

「・・・驚かすなよ」

いきなりこんなことをするたった一人の心当たりの人物の姿に、彼は、ほっとするのと同時に胸がざわめくのを感じた。
彼女と暮らすようになったのはほんの少し前。
他人行儀な所も(もとから大してなかったが)大分なくなってきて、ぎこちなさも薄れてきたけれど、
やはり、ふいをつかれると距離の取り方が分からなくなる時がある。

驚いたことが気恥ずかしくもあり、あえて彼女を無視することに決めて、そして再び書物の世界に没頭しようとした。

「ちょっとー!聞いてんの!?」

もともと度の入っていない伊達眼鏡である。
自分の妨害策がまずかったことに気づいた少女、メイ=フジワラは、次の手段に出ることにしたらしい。

「えい!これならどう!」

「お、おい、何をする!」

甘えたがりの猫のように、腕をかいくぐってもぐりこみ、膝の上に乗って彼と書物の間を遮ったのだ。

「ふふん、これでもまだ続けられる?」


得意げに勝利宣言をするメイの生気に満ち溢れた眩しい顔があまりに近くて、キールは自分の心臓が飛び跳ねるのを感じた。
いつも、この少女は予測の出来ない行動で自分のペースをぶち壊す。
出会ったばかりの頃は、嫌でたまらなかったはずの事が、今では楽しくてしょうがない。

孤独に、他者を拒絶して生きてきた彼の人生に突風を吹き込み、静かだった彼の世界に騒音とトラブルと、そして、胸が痛くなるほど人を恋う想いをもたらした彼女。

いつだって自分は彼女にかなわない。

だけど、まだ素直に認めるのは癪に障る。
そういつも負けてたまるかと、強いて無表情を装い最後の抵抗を試みる。

「やめろ、重い」

本当は、華奢で軽くて、柔らかくあたたかい体の感触は、彼にとって心地よいものだったけれど。


そして、心と裏腹のその言葉は、当然、彼の膝の上にちょこんと座っている少女のお気に召す物ではなかった。

「なんですってぇ?可憐なオトメになんてこと言うのよ!
そーいう素直じゃない口はこーしてやる!」


・・・・・・・・・・。


・・・やわらかい唇が自分の口をふさいだのだと、キールが認識するまで少しの時間が必要だった。

・・・そして、心臓は暴走した。


「・・・・俺がわるかった。
だからこういう心臓に悪いことはやめてくれ・・」

顔を真っ赤にした彼は、動揺を隠しきれない事を認めてとうとう降参した。
こんなに心臓が暴走していては、今日はもう何を読んだところでまともなことはできないだろう。
ただ考えられるのは、腕の中の少女のことだけ。

そんな彼に対し、彼の膝の上の少女も、やはり頬を赤らめてそっぽを向いた。

「わ、わかればいいのよ。
いつだって、あたしキールのこと心配してるんだから」

「まったく、お前にはいつもいつも、かなわないよな、俺は」


無理な姿勢でキスをした為、膝から落ち掛けていた少女を大事に抱え直すと、少女は胸にもたれかかってきた・・・。

そうして、お互いを何より大切な宝物としている二人は、互いの鼓動を聞きながら、かけがえのない人と出会えて、そして一緒にいられる奇跡を女神に感謝するのだった。


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