『創造魔法』
武術魔法、治癒魔法に続く、ワーランド第3の魔法。しかし、失われた古代文明の書物にその存在が確認されているだけである。気体元素の物質変換など、古今にわたって研究が為されているが、現代においてそれを可能にしたという魔導士の報告は未だ無い。それ故に、別名『幻の魔法』と呼ばれている。
―――つまり、『何が起こるかよくわからん魔法』というわけだ・・・。
実験と結婚に失敗は付き物だと言うが、この日の過失はまた派手であった。
まず、『どばぁーーんッ!!!』という爆発音。
次に、網焼きのサンマのよーに立ち上る白煙。
そして焦げた匂いをまとわりつかせて部屋から出てきた、異世界の少女。
「・・・うえええ・・・」
可愛い顔をしかめて、ゲホゲホと噎せる。大きな茶色の目は涙でいっぱいだ。
「こ・・・こりゃ、ちょ、苦しいわ・・・」
廊下の窓を全開にし、新鮮な空気を取り込む。裏山から吹いてきた優しい風が頬をかすめ、細い栗色の髪をふわりと浮かせた。
そのままゆっくり深呼吸。揺らめく若葉のすき間から零れた日差しが、少女の心と体を落ち着けた。
「あー・・・驚いた。死ぬかと思ったわ」
「それはこっちの台詞だ・・・!!」
地獄の底から響いてくるような低い声。
言葉に込められているのは怒り怒り怒り・・・120%。
もうもうと煙を吐く部屋を横目で見やり、端正な容貌を憤怒の色に染めて、その青年はふうっと重苦しい息をついた。
「めぇい・・・何だこの有り様は」
「・・・え、えへへへへ・・・失敗しちゃった、みたい?」
「みたい、じゃない・・・思いっきり失敗だこの馬鹿がッ!!!」
噛み付くような怒鳴り声。その勢いに少女はひゃあっと悲鳴を上げて肩を竦めたが、彼は構わず言葉を続けた。
「隣で爆発音がしたと思ったら、またお前は妙な実験を室内でやりやがって!!
あれほど俺が、火炎系の魔法を取り入れた実験をする時は大ホールを使うか、屋外実験の許可を取れと言っておいただろうが!!!」
「・・・・・・むー」
「こら、耳を塞ぐんじゃないっ!!どうしてお前はそう学習能力がないんだ。
毎回始末書を書かされる俺の身にもなってみろッ!!」
短く切った亜麻色の髪を癇性に掻きやって、若き緋色の魔導士・キール=セリアンは目の前の少女を睨み付けた。
「聞いてるのか、メイ」
「んー、聞いてるよお・・・ごめんなさぁい・・・」
肩をすぼめた姿勢のまま、少女は上目遣いで青年を見やった。
煙で傷めたのか、喉が掠れている。
「・・・・・・・・はあ」
ため息、ひとつ。キールは萌葉色の瞳を伏せた。
なんとか白煙が収まった彼女の部屋の中は、焼き過ぎたケーキのような苦い匂いでいっぱいである。不気味な紫に染まった床の上には、ガラスの破片も散乱していた。
これからまた修理の申請書を書かなくてはならないのかと思うと、真っ昼間だというのに目の前が薄暗くなる心地がした。
いつものこととは言え、手間のかかる被保護者を持ったものである。
(・・・今は『恋人』、か・・・)
メイ=フジワラが異世界への帰還を拒み、ワーランドに永住を決めたのは昨年の秋。その直接原因たるキールは、当初どのような顔で彼女に―――初めて出来た恋人に相対すればいいのかと、かなり戸惑ったのだが。
実際は、それ以前となーんにも変わりの無い2人であった。
「・・・それで?今日は何の実験をしていたんだ?」
わんさと集まってきた野次馬に火災の危険性はないことを説明した後で、キールは不機嫌な声で尋ねた。
「この間みたいに、『牛乳を3秒でチーズにする魔法』なんてフザケた内容なら、一週間は謹慎させるぞ・・・」
「あ、やだなー。そんなんじゃないってば」
ごしごしと目元をこすりながら、メイは朗らかに笑った。そして懐から薄い冊子を取り出して見せる。
「じゃーん。今日の実験はこれでーす!!」
何を威張ってるんだとキールは思ったが、余計なツッコミはやめておいた。
「・・・・・・『記憶の封印とその復活』・・・?」
一体何十年前の物なのか、金字の飾り文字も剥がれてしまったその表紙に目を近づけて、キールは怪訝な調子で問い掛けた。
「・・・なんだこれは」
「うん。何年か前に亡くなった、創造魔法学者さんが書いた本なんだって。
先週シオンの実家に遊びに行ったときに見つけてね、面白そーだから借りてきたの」
「ふーん、シオン様の実家で・・・って、おい!?」
何気に相づちを打ちかけて、キールは前のめりになる。
「お前、シオン様の家に何しに行ったんだ!?」
「んー?古代文書のコレクションがあるから見に来ないかって、誘われたの。
ついでにお茶飲んで帰ってきた」
「俺は聞いてないぞ、そんな話」
「あれ?言ってなかったっけ・・・まあいいじゃん」
「・・・・・・」
良くない、断じて良くないぞ―――心の中で握りこぶしを固めるキール。まったくどこの世界に、艶福家で知られる野郎の家に大事な恋人をひとりで行かせて平気な男がいるものか。
油断も隙も無いとはこのことだ。宮廷魔導士の不敵な笑顔を思い浮かべて、青年は密かに歯噛みした。
「何もされなかっただろうな・・・」
「はえ?」
「・・・何でもない」
「変なの」
言いながら、少女はぱらぱらとページをめくる。中ほどまできたところで指を止め、ほら、とキールに示した。
「この魔法陣。月光石の粉と野葡萄の汁を混ぜ合わせたもので書くんだけど、その効果って何だと思う?」
「・・・題名通り、人の記憶を操作するんだろ」
「・・・・・・可愛くないわね、あんたって・・・。こういう時は、嘘でもわかんない振りするのが、世間の常道ってもんよ」
「ほっとけ」
「もう・・・まあいいか。はっきり言ってその通りなんだけど。
記憶の操作っていうより、忘れていた記憶を呼び覚ます魔法って言った方が正しいかな」
再び冊子を指でめくりながら、メイは小さく息をついた。
「よくあるでしょ。『喉元まで出かかってるのに思い出せない!!』っていうアレ。ど忘れってやつね。
この魔法陣はねー。術者を一時的な催眠状態に置いて、雷霊の特殊結界で記憶巣に揺さぶりをかけ、その衝撃で古い記憶を表層に引きずり上げるのよ」
(よーするに催眠療法と電気ショックの組み合わせである)
「・・・・・・・・・」
『揺さぶり』『衝撃』『引きずり上げる』・・・精神に作用する魔法とは思えない、繊細さを欠いた台詞の羅列に、キールは半眼で少女を見つめた。
「・・・ずいぶん物騒な魔法だな、おい・・・」
「うん。この本の最後にもね、『失敗・暴走した場合、大規模な爆発が予想されます。危険ですので良い子は使用してはいけません。もし実験を行う場合には、魔法研究院長老会の許可を取ってください』って書いてあった」
「・・・・・・で、無申請でやったんだな、お前は・・・」
「だって、絶対許可してもらえないと思ったんだもん」
「当たり前だッ!!」
手にしていたファイルで少女の頭を叩き倒しながら、キールは火を吹かんばかりの勢いで叫んでいた。
「精神に関与するなんてアヤシイ魔法、お前みたいな半人前に使わせてみろ!
危ない結果になるのは一目瞭然だろうがっっ!!」
「・・・ぶう」
「ぶーたれるんじゃない!!」
こんなヤツに魔導士の称号を与えたのは誰だ―――キールは真剣に苦悩した。
魔法の修行を開始してちょうど1年目の4月。つまり先月のことであるが、メイは魔導士認定試験に挑んだ。そして難関を見事突破し、正式な魔導士の資格を得たのである。
彼女の実力を正確に査定した上での結果だから、それは不思議ではない。しかし審査表に『性格と適性』という項目があったなら、はたして合格できたかどうか―――甚だ危ぶむキールであった。
ともあれ、晴れて魔法研究院の一員となったメイ。その研究課題は、ずばり『創造魔法の実現』である。異世界人であることがどう作用しているのかは今もって不明だが、メイには創造魔法を操る能力があったのだ。昨年末には、幻中の幻とされていた浮遊移動魔法をホウキで駆使するという大事業をやってのけている。
コツを聞かれても『んー、まあテキトーにやってたらできちゃった』と答えるアバウトさであるが、貴重なスペシャリストには違いない。研究院としても期待を懸け、些少の失敗は大目に見るつもりでいたらしい―――が、度重なる爆発・破壊・苦情のトリプル攻撃に、その見解を改めた昨今であった。
キールの苦労は計り知れず、当面は終わりも見えてこなかった。
「・・・で?」
延々と半刻ばかりも説教を述べた後、キールは仏頂面のまま問うた。
「平気・・・か?」
「はひ?」
頭上から降り注ぐ小言の雨にすっかり縮こまっていた少女は、急に変わった声の調子に驚いて目を上げた。
その先に、何故か居心地の悪そうにしている青年を見て、尚更驚いた表情になる。
「なぁに?」
「いや・・・実験は失敗したんだろ?
だから、その・・・体は・・・」
魔法を発動させそれが失敗した場合、その余波を被るのは大抵術者である。これは『リバウンド』と呼ばれる作用で、暴走した魔法力が術者に跳ね返ってくるのである。いや、ただ跳ね返ってくるならまだしも、制御を失った力が倍増して術者を襲い、死に至ったというケースもある。
使用する魔法が高レベルである=失敗したときの危険度も増す、という図式は、魔導士の常識。だからキールの懸念は至極当然であったのだが―――。
「からだ?うん、なんともないよ」
「そっか・・・」
とりあえずほっとするキール。嫁入り前の娘の体に傷でも残ったらえらいことだと、内心心配していたのである。
(別に俺は、傷があっても気にしないけど・・・って、何を考えとるんだ!?)
ひとりで妄想に耽りひとりで慌て、キールは顔半分を手で覆う。
「・・・?顔が真っ赤」
「うるさい」
「なんで目を逸らすの?」
「・・・やかましい」
茶色の目を瞬かせて見つめてくるメイから強引に顔を背けるキール。
子犬のように無邪気な瞳は文句無しに可愛らしいが、やましい心に少々痛い。
だから話題を変えることにした。
「・・・それはそうとお前、なんでこんな魔法を実験してみようなんて気になったんだ?」
「へ?ああ、実は向こうの世界から持ってきた時計をどっかに置き忘れちゃってさー。なんとか思い出せないかなーと思って」
「・・・それだけか?」
「うん、それだけ」
「・・・・・・・・・」
胸を張るメイ。肩を落とすキール。
「でも、まいったよね。術は失敗しちゃったから、全然思い出せないし」
「・・・・・・地道に探せ、そーいうもんは・・・」
「えー」
あからさまに不満そうな顔のメイをひと睨みして、キールは深く溜め息をついた。
「だいたい、何でも魔法に頼るのはいい傾向じゃないぞ。記憶障害とか出たらどうするつもりだったんだ」
「あははは、まさかあ・・・」
軽快に笑って―――そうしてメイは、その可憐な笑顔を凍りつかせた。
「・・・・・・あれ?」
かくんっ、と小首を傾げる。
「んんんーー?」
前後左右をゆっくりと見やる。
「え、えーと・・・」
そして、額に脂汗。
「どうした?メイ」
訝しく思ったキールが顔を覗き込む。
「何か気にかかることでもあるのか?」
「う、うーーーーん・・・あのさあ・・・」
きゅっと眉根を寄せて、少女は唸る。
その困り顔のまま、彼女は爆弾の如き台詞を発射した。
「・・・そーいやあんた、誰だっけ?」
「・・・・・・・・・・・・!!」
麗らかな春の日。
英邁で知られる若き緋色の魔導士は、その場で少女を抱きかかえ、文字どおり医者の家に飛び込んでいった。
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