「・・・・・ねぇ、何でこんなことするの?」
「お前の力は不安定だから、それを抑えてるんだ」
「ふぅん」
「では、今日はこれで」
穏やかな微笑みを浮かべて、クライン王国第一王位継承者皇太子《セイリオス=アル=サークリッド》はやんわりと秘密会議を締めた。
「気をつけて帰ってね」
威勢のいい可愛らしい声でそう言った異世界人《メイ=フジワラ》−本人曰く《藤原芽衣》−は手を振る。
「キール、ちょっと付き合え」
バサリと粋に羽織っていたローブを捌いた筆頭王宮魔導士《シオン=カイナス》はそう言い深紅の肩掛けを引っ張った。
「何で俺が!?」
嫌そうな感情を隠さず緋色の魔導士《キール=セリアン》は眉をしかめる。
「色々あるんだよ。俺だってご一緒するならそっちの可愛い嬢ちゃんの方がいい」
「・・・・・力説するな」
グッと強く拳を握って言うシオンにツッコみを入れたのは、幼馴染みでもあるセイリオスである。ついでに戒めるように頭を叩いたが、けっこういい音だった。
「行ってきなよ。私一人でも大丈夫だから」
青い異国の衣装をまとった少女に気遣わし気な視線を向けると、本人であるメイは余裕の笑みで『いってらっしゃい』と手を振った。
お気楽な少女の様子にため息をついて、キールはクシャクシャと少女の栗色の髪を撫でる。
「大人しくしてろよ?絶対に騒ぎを起こすなよ?」
「・・・・・信用がない・・・・・」
「自分の行いを振り返れ」
「ブゥッ」
「何か甘い物買ってきてやるから」
ぷっくりと頬をふくらませるメイと苦笑して機嫌を直そうとするキールは、傍観者である二人に仲のよい兄弟を連想させた。
「絶対だかんね?」
「その代わり、今日はもう魔法術の練習はするなよ」
「はぁい」
甘い物が好きなメイはにへらんと笑っていい子のお返事をする。
「・・・・・」
「そんな顔しないでよ、だぁいじょうぶだって」
「・・・・・・・・・・」
ブイサインまでされると、逆に可成不安になるキールであった。
「行くぞ、キール」
キールを呼ぶシオンの声は笑っている。すっかり心配性のお兄ちゃんになりきっているキールの姿が、終始変わらぬ仏頂面で有名な青年をその能力の高さから興味を持ってからかっているシオンには面白くて仕方ないらしい。
「あ、はい」
上級魔導士である証しの緋色の肩掛けを生来の神経質さで直したキールはシオンやセイリオスの後に続く。
「いってらっしゃぁい♪」
廊下でメイは手を振ってお見送り。門と彼女の部屋は正反対の位置なのだ。
「と、メイ」
「何?」
ふと眉をしかめてキールはメイを手招く。
「補助魔法が消えかけてるな」
ペタペタと近くに寄ってきたメイの頭に、キールは指を滑らせた。
「嬢ちゃんに補助魔法って、何やってんだよ、お前」
「アレの魔法力が不安定だということはご報告している筈ですが」
「勿論分かっているけれどね」
「では、何か?」
シオンとセイリオスのジト目にも常のポーカーフェイスを崩さないキール
「・・・・・牽制かよ」
ボソッとシオンが呟く。
「俺はアレの世話役ですから。何も知らないアレを守る義務があります」
堂々と言い放ち、キールは不敵に笑みを這わせた。
異世界の少女に魔法をかけた唇に──
出会いは運命だったなんて
そんな陳腐な言葉はいらない
好きの気持ちはここにある
「キールッ」
「部屋に入る時はノックしろ」
「ごめぇん」
ぴょこんと顔を覗かせた少女の姿に、キールは口でこそ注意を向けるがその表情は仕方なそうに笑っている。
「あれ?殿下にアイシュ?」
本の山と格闘しているような状態のセイリオスとキールの双子の兄である高等文官《アイシュ=セリアン》に気がついたメイは首を傾げた。
「今日和」
「今日和〜」
ヒラヒラと手を振り、『入っておいで』の合図
ヒョコヒョコとメイが部屋に入ると、キールはドアをすぐに閉めた。
「一応、お忍びだから」
「あ、そっか」
セイリオスもアイシュも、二人とも王宮の執務宮で本来は仕事をしていなければならないのだから、姿を見られるのはまずい。
「どうかしたの?」
「ちょっと、ダリスのことをね」
「まだ内密のことですから〜」
「へぇ」
「『へぇ』って、お前にも関係しているだろうが」
ピンッと額を弾かれて、メイは痛そうにそこに手を当てるとキールを睨む。
「何すんのよぉ」
「お前があんまりお気楽だからだよ」
「ブゥッ」
「分かってるのか?ダリス潜入のことでこっちは色々やってるんだぞ?」
「・・・・・」
世話役の言葉に沈黙するメイ
「まぁまぁ、そんなに怒らなくても〜」
「俺だって怒るのが好きなわけじゃない。たんにこいつが考えなしで無鉄砲で、俺に迷惑をかけまくるから」
おっとりとメイに助け舟を出すアイシュに、ブツブツとキールは不機嫌に呟きながら椅子に座る。
「ほら、座れよ。それに、何の用できたんだ?」
隣の椅子を引いてやると、メイはポスンとそこに納まった。
「んー、課題終わって暇だから、話しでもしようかと思って」
「そうか、暇か。ちょうどいい。これくらいはもう読めるな?」
「そりゃ、どっかのスパルタ教師のお陰で読めるけど?」
「けっこうだ」
ドサドサッと、メイの目の前に資料の山が築かれる。
「本棚に入れられるように並べてくれ」
「女の子に力仕事をさせるなっ」
「並べるだけでいい。入れるのは俺がやる」
すでに手元の資料にその意識のほとんどを向けながら返答を返す辺り、意識のかけらは何時も少女の元にあるらしい。
「はいはい」
仕方なさそうに呟いて背表紙をチェックしだすメイと、無表情ながらメイの様子をきっちり把握しているキールの姿に、同席している二人は笑みを噛み殺して自分達の分の資料との格闘を再開した。
「ってさ、アイシュや殿下が帰った後まで手伝わせんだよ!?酷いと思わない!?」
ブーブーと不満をブチ撒ける少女に、目の前に座っていた青年はニヤニヤと多少、可成人の悪い笑みを浮かべる。
「手元に置いておきたいんだろ」
「はぁ!?」
素っ頓狂な声をあげるメイ
「わっかんないかねぇ?」
「わかんないわよ」
からかうようなシオンの言葉に速攻答えるメイである。
『自分の目の届かないところで、誰かに声かけられるのを防いでんだろうになぁ』
意外に単純な性格をしている後輩の、きっと初めての恋のお相手は、同じだけ単純に純粋な少女で、彼に輪をかけた鈍感なところがあるようで、
『初心で見ていて可愛いとは思うけどねぇ』
自分にこんな純粋さがあったのは何時だったか、一瞬考え、すぐに放棄した。
『今更戻れないし、戻る気ねぇもんな』
「ちょっとぉ、何なのよぉ?」
ジーッと自分を見つめる視線に、メイは居心地悪そうに身じろぎする。
「いやいや、なぁに」
「?」
眉をしかめるメイ
『かぁいいよなぁ』
外見も勿論可愛いが、何より、他者の手を必要としない勝ち気さと思わず手を差し伸べたくなるあどけない素直さの二つが、年を重ねたシオンにはどうにも可愛く映る。
ここで、シオン=カイナスの悪い虫がすこぉしばかり、疼いた。
フッと、シオンが目を細める。
「嬢ちゃん」
「何よ?」
眉を寄せつつメイは首を傾げた。
「キールに補助魔法、何時してもらった?」
「出掛けだけど?」
きょとんとして答えるメイに、彼のことをよく知る者なら『回れ右』で逃げるような、無邪気な笑みをシオンは浮かべる。
「かけ直してやるよ」
「え!?キールってばヘマしたの!?」
何時も触れられる額に手をやり、メイは側に立ったシオンを見上げた。
「ほれほれ、目ぇつぶれって」
「へぇい」
ピラピラと手を振るシオンに、メイは素直に頷くと目を閉じる。
だから、彼女は知らない。
彼の浮かべた無邪気で悪戯っ気の含まれ過ぎた笑みを。
ち ゅ ど ぉ ー ん っ
「ぁん?」
何処遠くの方で爆音が聞こえた気がしたキールは、顔を上げた。
「・・・・・」
何処ぞの魔導士が魔法に失敗したのかと思ったが、そのわりに人の行き来する騒がしい音は続かない。
「ま、あいつじゃないだろ」
現在魔法研究院の実験失敗ランキング第一位に−不名誉にも−輝いている彼の被保護者は王宮に遊びに行っている。
同じ失敗は二度としないが、一度目の失敗が非常に盛大な彼女の場合を除けば、彼に責任を負わなければならない実験等はないので、特に長く注意を向けることなく再び手元の資料に目を通すキールであった。
その彼にとって慣れた作業は、彼の行ってきた実験の中でも最大の失敗故に召喚されてしまった少女の手によって中断させられることになる。
『ばったぁーんっ』
「キールッ」
「・・・・・何なんだ、いきなり?」
ノックもなく部屋に入ってきた少女を軽く睨むが、少女はそんなことにかまいもせずにズカズカと青年のところにまで寄ってきた。
「どうした?」
「馬鹿ぁっ!」
「はぁ!?」
突然の罵声に、彼は怒るより困惑する。
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿っ!!」
ぽかぽかぽかぽかぽかぽかぽか・・・・・
「お、おい、止せよ」
「きーるのばかぁっ!!」
「止せって」
幼い子供がかんしゃくを起こしたようにバシバシと叩いてくるメイの腕を取ると、メイを自分の座っていた椅子に座らせ、キールはその前に立つ。
「どうしたんだよ、いったい?」
「・・・が、・・・て、うわぁん 」
「だぁーっ!真面に喋れっ!!」
抱き着かれて真っ赤になりながらキールが叫ぶと、メイもまた叫び返した。
「あんたのせいなんだからっ!シオンにキスされたのはっ!!」
「・・・・・何だと?」
「補助魔法が解けかけてるからって、かけ直してやるって」
「・・・・・」
「目、閉じたら、キスされたんだから」
「・・・・・別に、解けかけてないぞ?」
「う、うそ、でしょ?」
「そんな嘘言ってどうする?」
「・・・・・」
「メイ?」
「ぁんのっ」
「・・・・・」
「ぁんのスチャラカすけべぇ魔導士!私のファーストキス返せぇっ!!」
「おい、メイ」
有らん限りの罵声を景気よく叫びまくっていたメイは、キールの呼びかけにゼェゼェと粗い息を繰り返しながら見上げる。
「んむっ」
突然押しつけられたそれに、メイは目を白黒させた。
「ぷはっ」
解放された途端に大きく息をつく。
「何すんのよぉっ」
「消毒」
「・・・・・そう・・・・・」
熱いお湯で濡らせたタオルで唇をゴシゴシ拭われたメイは、キュッと水蒸気で濡れた唇を拭った。
「あの人にはよくよく殿下に言いつけた上で言っておくから、我慢しろよ」
「もうファイヤーボール投げつけたわ」
「・・・・・部屋の修理代の請求書きたらどうするんだ?」
「シオンが払えばいいのよっ!」
グイグイと強く服の裾で涙を拭いながら叫び、メイは常と変わらない冷静な態度のキールを見上げる。
「キール」
「何だ?」
ツイッと眼鏡の位置を直しながらキールがメイを見下ろす。
「キスして」
ガッタンッ
「いきなりなんなんだ!?」
盛大にブチこけたキールは、思わず仲良しになった床の上で眼鏡を半ば落としそうになりながら、今度はメイを見上げる。
「だって、好きな人って、決めてたのにっ」
「・・・・・」
ギュッときつくスカートを握り締め、メイは吐き出すように言った。
「好きな人としかしないって、決めてたのにっ」
「・・・・・」
俯いて涙を落とす少女の前にひざまずき、青年は静かに声を紡ぐ。
「それは、どうでもいい相手にされて、自暴自棄になったのか?それとも俺ならいいのか?」
何処までも少女の持ち物でしかない細い指を取り、彼は翠の瞳で射貫き通す。
「俺が好きだということか?」
「・・・・・」
ポンッ
「メイ?」
音を立てて真っ赤になった少女を見上げ、キールは返事を催促する。
「へ、あや、ふえ」
「・・・・・何言ってんだ?」
「だ、だって、それは・・・・・それは私のせり、きゃっ」
必死になって話しを逸らせたいメイの右手の甲に唇を押しあてるキール
「答えろよ」
嘘を許さぬ翠の至玉 その強さ
「・・・・・き」
「もう一度」
「・・・・・」
コクンッと少女の喉が鳴る。
「好き」
触れようとすると、真っ赤になって嫌々をするように首を振るメイの頬を両手で押さえる。
「キール?」
親指がそっと唇をたどって、くすぐったい。
「これから、カウントしろよ」
囁きが耳朶を打ち、
優しい口づけが降ってきた。
そっと唇が離れていくのに合わせたように、二人の瞳がゆっくりと相手を映し出す。
「変なの」
「何が?」
「キールを見下ろすのが」
「あぁ、そうだな」
茶水晶と翡翠が微笑み合う。
立ち上がる動作に合わせて、緋色の肩掛けが少女の目の前で揺れた。
「メイ」
伸ばされてくる指に、彼女は目を伏せ、全てを委ねる。
今度は両手が優しい力で上向かせる。
吐息が降ってくる。
ドキドキと高鳴るのは鼓動
逃げ出したい程の希望
「大好き、キール」
そして重なる口づけ
「俺も好きだ」
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