家庭料理ノススメ

ペス 様

ライン

「……まずい」
「なんですってぇっっ!」
 ある日、キールとメイはそんな会話とともに冷戦状態に陥った。


「他人がせっかく作ったってのに、そーゆー失礼なこと言うのよっっ、あいつはぁっっ」
 王宮中庭でのディアーナとの定例お茶会にて、メイは怒りのあまりティーカップを握りつぶしそうになっていた。
 だが、さすがにそのティーカップの値段を考えて思いとどまる。
「まあまあメイ……」ディアーナが必死になって彼女をなだめていた。
「そ、そりゃぁ、事実だったけどさ……」
 例の会話の後、メイはキールからフォークを奪い取ると、皿にあった物を腹いせのごとく口に運んだ。が、次の瞬間、さすがのメイもそのまま口を押さえ、洗面所に駆け込んでしまったのである。
「確かに、元の世界でも料理なんて調理実習くらいでしかやってなかったけどさぁっ。んでもね、せっかく作った物なんだから、もっとほかに言い様があるでしょうがっっっ!」
 いくらまずいとは言えっっっ!
 叫びながらケーキにフォークを突き立てた。
「絶対、見返してやる〜。おいしいって言わせてやる〜」肩で息をするメイの背後に怒りの陽炎が見える。
「じゃあ、練習しましょうか」ディアーナがパンと手を打ちならした。「私もいつかは挑戦してみたいと思ってましたの。メイと一緒なら心強いですわ」
「えっ、ホント?」メイが瞳を輝かす。
「えぇ…じゃ、さっそくここの厨房を借りてしまうことにしましょう」


 というわけで、メイとディアーナはお茶会もそこそこに王宮の厨房へと押し入った。
 困り切ったのは料理長である。
 が、自分の雇い主とも言えるクライン第二王女ディアーナとクラインの台風娘との異名をとるメイを敵に回すほど命知らずではない。しぶしぶながらも、彼にとって神殿よりも神聖なる厨房の一角を提供してくれた。
 はてさて悪戦苦闘すること、数時間。渾身の作品を前に二人は考え込む。
「……普通……食べ物で食べ物作ったら、食べ物ができるはず、よね?」
「……のはずですわよね。……お兄さまかシオンに食べてもらいましょうか?」
「あ、いーわねそれ」
 どう考えても天使のふりした悪魔たちである。
「殿下―、シオンー、いるー?」小悪魔二人はエプロン姿のまま、セイリオスの執務室に押し掛けた。「ね、ちょっと食べてみて」
「あのな今執務中……」
「いいから、いいから」メイは文句を言おうとするシオンに無理矢理皿を押しつけた。
 セイルの方はというと、本来、王族という者は毒味済みの食事しかとらない。が、かわいい妹姫が自ら作ってくれた物だ。シスコンのセイルにとって断れという方が無理である。
二人は覚悟を決めたように口に入れる。
数秒の沈黙の後……。
「……なかなか……斬新な味だね……」セイルにはそう言うのがやっとである。
「どこをどーすれば、こんな味になるんだ?」逆にシオンは容赦がない。
「……あ、やっぱ?」メイが舌を出す。
「どこでどう間違えたのでしょうか……?」
「おい、自分たちで味見はしたのかよ」
 シオンの問いに彼女たちは首を振る。……横に。
「もしもし?」
「でも、シオンなら平気よね。だって自分用の胃薬な薬草育ててそうだもん」
「なんだとーっっっっ」
「まあまあ、シオン」セイルは苦笑しながらシオンをなだめる。「料理長には教わらなかったのかい?」
「だって、下ごしらえとか殿下の食事や自分たちのまかないや、後かたづけで忙しそうだったんだもん」
 彼女たちは彼女たちなりに遠慮したらしい。
「どうやら改良の余地がありそうね」
「そうですわねぇ……」ディアーナが唇に指を当てて考え込む。「さっきの塩加減が悪かったのではありません?」
「じゃ、もう一回チャレンジっ」
 彼女たちは楽しそうに笑いながら、厨房に向けて走り出す。
「シオン……胃薬を頼む」姿が見えなくなったところでセイルが言った。「どう考えても、今日いっぱいは試食係にされそうだ」
「言われなくても、持ってくるよ。ついでに解毒剤も」
 二人は同時に盛大なため息をついた。


 その後、セイリオスとシオンを犠牲にすること、数回。
 さすがにその日はメイとディアーナも疲れ果ててしまった。それ以上に実験台約二名は疲れ切っていたが。シオンの薬草がフル活用だったのは言うまでもない。その二人も2日目からは、なんやかんやと理屈を付けて、試食係を逃げてしまったのである。
まぁ、練習開始一週間ともなれば、多少はレベルアップしそうなものである。んが、しかーし、そう思い通りにならないところが、料理の奥深さでもある。
「それでもやっぱり、うまくいかないわねぇ……」
 メイがボールを抱え込む。
「やっぱり、味付けがネックですわ」ディアーナは塩の入った容器をスプーンでかき回している。「もっと簡単に…味付けを極力省いて作れる物ならば、なんとかなるんですのよね……」
 メイはその言葉に考え込んだ。
「……ある。あった。ひとつだけ。これなら行けそう」メイは抱えていたボールを放り投げる。「火力に注意すればいいだけだし」
「メイ?」
「よっしゃぁ、見てろよ、キール!」
 気合いを入れてメイはディアーナにこっそり耳打ちする。
「それは良い考えですわ。やってみましょう」
 ニタリとメイは笑うと、盛大にファイアーボールを披露した。
「じゃ、とりあえず調理開始ってことで」


「キールっっっ」
 ドアを開け放つ音と久しぶりに聞く声に最年少の緋色の魔導師は振り返った。
 この間の失言から一度も口を利いてくれなかったメイが、何かを抱えて部屋に駆け込んでくる。
「ねぇねぇ、食べてみて」紙袋からほこほこと湯気を立てる焼き芋を取り出した。「あたしの自信作。ファイアーボールを使って作ったの」
「ファイアーボールを使ってねぇ」
 メイと王女が王宮の厨房の一角を占拠して、料理に挑戦しているということは、某筆頭王宮魔導師から聞いていた。ついでに言うと、早いとこ彼女を回収するようにと苦情があったのだ。どうやら、皇太子殿下ともども巻き込まれ、そうとうひどい目にあったらしい。
 まぁ、純粋な料理とも言い難いが、この際目をつぶろう。どうやら機嫌も治してくれたようだし。
 キールはそう思いながら、焼き芋をほおばった。
「……んまい」
「ホント? いやー、あたしってばやっぱ天才―」にこにこにこ。「簡単そうに見えて、焼き加減が結構難しいんだから。まだたくさんあるから食べてね」
 机に両肘をついて、満面の笑みを浮かべキールを見つめている。
 この間のことをすっかり忘れたように上機嫌だ。
「この前は悪かったな」キールがぼそりとつぶやくように言った。さすがに口を利いてくれないというダメージは自分で思ったよりはるかに大きかった。
「許して欲しい?」
「あぁ」
 メイはそれを聞くと、キールが思わず見とれるほどの極上の笑顔を浮かべた。
「じゃーさー、許したげるから、こんどキールがなんか作ってよ」
「俺が?」
「そう。んでおいしかったら、あたしがお婿さんにもらってあげる」
 さらりと爆弾を投下した。
 キールはその発言に呆然として固まる。
「ね? 約束だよ? おいも、全部あげるからさあ。ねぇ、聞いてる?」心配そうにキールの顔をのぞき込む。「キール?」
「ど…努力しよう」キールにはそう言うのがやっとである。
「してね」にこにこにこ。「あたしも頑張るからさ」
「課題もやれよ、ここ一週間ばかり王宮に行きっぱなしだっただろうが」
「しまったぁぁぁ」一週間分の量を想像してメイは頭を抱える。「あう〜〜。部屋戻ってやりますぅ。しくしく」
 椅子から立ち上がって、部屋を出ようとする。
「メイ」キールが呼び止めた。
 その声にメイは振り向く。「なに?」
「ごちそうさま」
 それを聞いてメイは赤くなった。
「…………の」
「何?」聞き取れなかったらしく今度はキールが問いかける。
「その言葉が聞きたかったのっ」そう一息に言うと、メイは身を翻して走り去った。


 自室に飛び込んだメイは、扉にもたれてずるずると座り込む。
 言ってくれた、言ってくれた、言ってくれたぁ。
 そんな満足感が心を占領する。
「幸せかも……」うっとりと焦げ茶の瞳を閉じた。「おーし、今度はもー少し味付けをした料理で言わせてやるっっっ」
握り拳を作って勢いよく立ち上がると、机の上の課題の山を見る。
とりあえず当面の問題はこっちである。
「よっしゃー、そのためには、この課題をちゃっちゃとやっつけてやるぞーっと!」
そうしてメイの王宮厨房通いはしばらくの間続いたのである。

 ついでに後日、最年少緋色の魔導師が王宮の書庫から古文書などのほかに、料理本を借りて行ったという噂が流れたことも言い添えておくことにしよう。

ライン

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