好きといわれて。ずっとそばにいて欲しいといわれた。
だから、あたしは応えた。あなたの側にずっといたいって。
彼は微笑う。嬉しそうに微笑う。初めて見た、優しい笑顔。
もう元の世界には帰らない。離れたくない。
あなたの側にいられる、それだけで心が幸せでいっぱいになる。
大好き。ずっとずっと一緒にいようね、キール。
好きだといった。ずっとそばにいて欲しいと願った。
あいつはその思いに応えてくれた。ずっと、俺の側にいる、と。
俺は微笑う。自分でも驚くぐらい、素直に微笑った。
もう元の世界には帰さない。離したくない。
お前が側にいてくれる。それだけで心が幸せで満たされる。
愛してる。ずっと一緒にいよう、メイ。
何度目かの寝返り。
布団の中に入ってもう何時間くらいたっただろうか。
―眠れない…。
もう一度寝返りをうって、メイは身体を起こした。
メイが寝ているベッドは大きなダブルベッド。
二人が暮らす新居の寝室はここだけ。
いつも一緒に寝ている温もりが、今日は側にない。
するりとベッドから降り、静かにドアを開け、部屋を出る。
足音を立てずに向かった先は、キールの部屋。
想いを通わせた二人は、それからしばらくして魔法研究院を出た。
いつかは街でラボを開きたいと言っていたキールの夢が、実現することになったからだ。
そうして建てたラボは、そのまま二人の新居になった。
一階がラボで、二階が二人の住まいになっている。
メイはラボのお手伝いをしたいのだが、まだ、ちゃんと魔道士としての資格がないため、今はラボの手伝いは出来ず、必死に勉強に励んでいる。
そんなメイに、キールは自分の手があいたとき、彼女の勉強を見ては、丁寧に教えてやった。
そうして最後の試験が、明日に迫っていた。
要するに、メイは緊張して眠れないのだ。
キールの部屋のドアは、少しだけ開け放たれており、そこから微かな光が漏れている。
メイはそぅっとドアを開いた。
そこにキールがいた。
服はパジャマのままで、イスに座り、机に向かって何かしている。
気配に気付いたのか、眼鏡の奥に見えるすこしきつめの新緑の瞳がこちらを見た。
しかし今の彼の瞳は、今まで誰も見たことのない柔らかで暖かい光を放っている。
彼とおそろいのパジャマを着た少女が、ドアのところでこちらをじっと見て立っている。
「どうしたんだ、メイ」
その声は、普段の彼を知っている者が聞いたら驚くぐらいの優しさを含んでいた。
愛しい少女だけに、向けられるもの。
「…………」
「?メイ…?」
しかしメイは黙り込んだまま、ドアの側に立っている。
キールはそんなメイを訝しげに思い、イスから立ち上がり彼女に近づいた。
「どうした?」
尋ねるが、なにも言わない。
キールは深々とため息をつき、ゆっくりと腰を屈めて彼女と目線を同じくした。
メイの顔をのぞきこむようにして、顔を近づける。
「なにかあったのか、メイ」
「………るの?」
「え…?」
「キールは、いつまで起きてるの…?」
メイは小さな声で言い、キールを見つめる。
「いつまでって、今やってるやつが終わったら寝るさ」
「いつ終わるの…」
「まだかかるかな、先に寝てろ。お前明日は試験だろ?」
「…………」
「…メイ?」
「…やだ…」
そう言ってキールに抱きつくメイ。
「やだって…おい、メイ?」
突然わけのわからない行動をとるメイに困りながら、しかし彼女の身体を優しく抱きしめ返す。
「どうしたんだ、メイ」
何度目かの問い、けれどメイは黙って抱きついた手に、力をこめるだけ。
柔らかで、さらりとした茶色の髪に指をからませながら、彼は彼女の言葉を待った。
「……れない……」
「なんだ?」
「…一人じゃ、寝れない…」
いつもすぐ側にある温もりが感じられなくて。
大きなベッドは一人では広すぎて、寂しくて、静かすぎるから余計に明日の試験のことを考えてしまう。
友人達には自信満々に応えて見せたけど、本当は眠れないほど不安で。
「…終わるの待ってちゃ、だめ?」
見上げる茶水晶の瞳はわずかに潤んでいて。
普段の元気な姿からは想像も出来ないほどのしおらしさを見せる少女に、彼は天井を仰いで息を吐いた。
いつも笑顔の彼女が、自分にだけ見せる弱い心。
明日はもうばっちりなどと、今朝もいつもより元気に言っていた時、キールは今日中にやらねばならない仕事があったから、そちらに意識が言っていたため、気付かなかった。メイが無理するときはいつも必要以上に明るく振舞うということを。
そんなメイの不安に気付かなかった自分に腹が立つ。
すがるように向けられる瞳を、ほうっておけるはずがない。彼がなによりも大切にしている存在だから。
「…ごめんね、キール。やっぱし、わがまま言っちゃだめだよね…。もう大丈夫、お休み…」
そう言って離れようとするメイを、キールは腕の中に引き戻す。
改めて腕に力をこめ、少しきつく感じられるほどに彼女を抱きしめる。
急に抱きしめ返され、驚きはしたがメイはキールにもたれるようにして、されるがままに体を預けた。
少しの間、二人は静かに抱き合う。
「…メイ」
ささやくような呼びかけにふっと顔を上げたのと同時に、キールはメイを横抱きに抱き上げた。
部屋の明かりを片手で消して、彼はメイを抱いたまま寝室へと向かう。
開けっぱなしの寝室に入ったキールは、腕に抱いたメイを、そっとダブルベッドに横たえた。
横たえさせ、間近い位置から自分を見下ろすキールに、メイはきょとんとした顔で、彼の名を呼ぶ。
キールはいつもかけている眼鏡を寝台の横に置き。自分もベッドの中にもぐりこむ。
「言っただろ?俺はお前がいれば他にはなにもいらないって。たまにはわがまま言えよ。こういうことなら、いくらでも聞いてやる」
キールの言葉に、メイの瞳から涙がこぼれる。滅多に言葉には出さない、ぶっきらぼうだけど、彼がみせるただ一人のための優しさ。
―何処にも行かない、側にいるから。
「お前ももう寝ろ」
彼は片方の肘をついて、そっと、涙を指でぬぐう。そして、メイに覆い被さるようにして彼女の唇に自分のそれを重ねた。
触れるだけの優しいキス。
メイはぎゅっと、キールに抱きついた。
「お休み、キール」
そう言ってメイは目を閉じる。
少しして、小さな寝息が聞こえてくる。
先ほどまでの泣きそうな顔が嘘のように、安らかな寝顔。
側にいる確かな温もりが、彼女の心を優しく包む。
キールの胸に、顔をうずめるようにして眠るメイのあどけない顔に、彼はもう一度唇を寄せた。
柔らかな頬に、そっと口付ける。
「お休み、メイ」
大切な少女を腕の中に抱き、彼も心地よい睡魔に身をゆだねた。
―次の日。
試験を受け終わったメイは、合格の知らせをキールに知らせるため自分の帰るべき家へと走った。
メイの最初のわがままは、試験に合格したら、キールからのおめでとうのキス。
ラボの入り口で両手を広げて待つ彼の腕に、笑顔で飛び込む。
メイの小さな可愛いわがままを叶えてやるため。
腕の中に抱きとめた少女に、彼はキスをする。
ありったけの想いをこめて…。
そうして彼は愛しい少女の耳元で優しくささやく。
「ずっと、一緒にいような、メイ」
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