春とあなたに包まれて

りあ

ライン


ある、春のポカポカと晴れた日。
本来静かであるはずの学舎から、いつもの口論が聞こえてきた。

「だからっ!何でダメなのよっ!」
「課題も終わってないだろうが。」
「帰ってからやるって言ってるでしょぉ!?」
「お前の『帰ってから』は当てにならん。」
「むっかぁぁぁっ。」

感情を素直に表に出し、傍にいる青年に食ってかかっている、栗色の髪に焦げ茶の瞳を持つ少女、メイ。
対照的にすらすらとペンを走らせ、時には本を読む余裕を見せながら、的確かつ冷静な判断で――しかしそれが火に油を注いでいるのだが――言い返す、淡い茶色に深い緑の瞳を持つ青年、キール。
付き合い始めて数ヶ月。
本来、甘い時間であるはずの期間は二人には無く、口論も日常的な光景である。
そして、今までと同じように今回も事の発端は些細な事だった。


「キールっ。」
ひょいっ、とメイはドアから顔を覗かせた。栗色の髪が揺れる。
「何だ。」
いつものように愛想の欠片もない声で返事をし、ペンを走らせていたキールは顔を上げた。そして、メイの顔を見た途端、言葉を発した。
「ダメだ。」
「な、何よぉ。」
「どうせ、どこかに出掛けたいと言うんだろうが。」
「うっ・・・・」

当たっていたのだろう、言葉を失ったメイに、作業を続行しながら畳みかけるように言った。
「第一、今日の課題は終わったのか?」
「後、少しだもん。」
気を取り直したらしく、メイの説得が始まった。
「だったら、終わってからにしろ。」
「だってー、こんな天気が良くて暖かい日は滅多に無いじゃない。」
「で?」
「でね、さっきシルフィスと会って、遠乗りするって言ってたから一緒に行きたいなー、なんて。」
「遠乗り?」
ふと、キールが手を止め、顔を上げる。メイはにっこりと笑って言った。
「そうなの!馬に乗って行くんだよ!」
「お前、馬に乗れないだろうが。」

1年ほど前に異世界からやってきたばかりのメイはまだ馬を乗りこなせるほどこの世界に慣れきってはいなかった。
「うん、でも、シルフィスが乗せて連れてってくれるって。」
「ダメだ。」
・・・・・・・・こうやっていつもの口論が始まった。


こんなに天気のいい日、というのは本当である。昨日まで、どんよりとした雲が空を覆っており、肌寒い日が続いていた。
さすがに天気の悪く寒い日はメイも外に出たがらず、結構真面目に課題も提出していたのである。まあ、キールに言わせるとその分ミスが多かったらしいが。
だから、キールも初めは外出許可を出してもいいかと思っていたのである。
メイの一言を聞くまでは。

「シルフィスが乗せて連れてってくれるって。」

恋人であるキールとしては、まだ分化の終えていない・・・・・つまり、男性になるかもしれない人物と2人っきりでの外出など許せるはずも無い。メイ自身がシルフィスを男性と意識していないのだから余計に、である。
だからと言って、そんな事を口に出せるほど彼は器用ではないし、口にしない事をメイが嗅ぎ取ってくれるわけでもなく、こうやって口論になってしまったのである。


「キールのバカッ!」
お決まりの台詞と共にメイはキールの部屋を飛び出した。
そのまま公園の方に向かうと、走っていた足が研究院から離れるにつれ次第にゆっくりとなっていく。

「あ〜あ、こんなにいいお天気なのにな。」
久しぶりの太陽は眩しく、しかも暖かい。絶好の行楽日和なのだ。
(シルフィスと約束したのにな・・・)
せっかくの太陽とは裏腹にメイの気分は落ち込んでいく。
『絶対、キールから外出許可もぎ取ってくるから!』
親友にそう宣言していたのである。でも、キールは許可をくれず・・・保護者でもあるキールの外出許可がない自分は王都から出ることが出来ない。

「メイ。」
シルフィスの部屋へと、とぼとぼ歩くメイに聞き慣れた声が掛けられた。
振り向くとシルフィスが馬から下りるところだった。金色の髪が陽の光に照らされてキラキラと輝く。
「シルフィス・・・。」
「どうしたんです?落ち込んでいるようですけど・・・」
「キールがね、」
そう言って唇を噛むメイの表情を見てシルフィスは苦笑した。
「許可が下りなかったんですね。」
肯くメイを見ながら、何故許可が下りなかったのか、その理由が自分にあるのだろうと見当をつけたシルフィスはメイに言った。
「メイ、私が分化したこと、キールに言いましたか?」
「え?ううん。」
急な話の展開に不審げな表情をして、メイは答えた。
「だって、分化したことは秘密なんでしょ?」

実は、シルフィスは先日女性へと分化をしたばかりだった。
だが、もう少しで騎士見習いの期間が終わることと、女性だからと言っていろいろな意味で特別視されるのを恐れ、騎士になれるにせよなれないにせよ騎士の叙任が終わるまでは、と公表は避けているのである。
もちろん、ごく一部の人間は知っていて、メイもその1人である。

「メイ、分化を終えていない私と2人での遠乗りをキールが許してくれるはず無いじゃないですか。」
「あ・・・そっか、そうよね。そっか・・・・キールは知らないんだよね。」
先ほどまでの落ち込んだ顔が徐々に明るい笑顔になっていく。
キールが許可をくれなかった理由が、自分を好きでいてくれるからだと分かったから。
何も口にしてくれないキールが――性格だと頭では分かっていても――不満だったから余計に嬉しかった。
明るい太陽のような笑顔を見せるメイににっこりと笑いかけるとシルフィスも言った。
「そうですよ。それに、キールが許可をくれなくて良かったかもしれません。」
「え?」
「実は、午後から騎士団で待機するようにと言われたんです。」
そう言ってシルフィスが笑った。本当はメイに何と言って謝ろうかと考えていたんです、と。

「メイ、せっかくだから、少し馬に乗ってみませんか?」
「え?だって、騎士団に待機って・・・。」
「いえ、遠出するわけじゃなくて訓練場でです。」

騎士団の人間は乗馬訓練が義務づけられているため騎士団には訓練場が整備されている。
「え?いいの?」
「えぇ。私がついていますから。」
「ホント?ホントは乗ってみたかったんだ〜。」
本来好奇心旺盛なメイは快諾して・・・乗馬訓練が始まった。


太陽が真上に近くなってきた頃。
「メイ、上手いじゃないですか。」
「えへへ。才能有るのかな〜。」
2人は馬を並ばせて歩かせていた。
練習の甲斐あって、メイもゆっくりとだが1人で馬を歩かせることが出来るようになっていた。
もちろん、シルフィスは細心の注意を払っていたが。

「シルフィス!」
騎士団の寮から、同じ見習いの少年がシルフィスに声を掛けた。
「あ、はい!」
「隊長がお呼びだぞ。」
「はいっ!」
「すみません、メイ。すぐ終わりますので、待っていて下さい。」
そう言って、メイを降ろすと、素早く手綱を結び、騎士団の中へと駆けて行った。


「遅いな〜、シルフィス。」
もう、シルフィスが去ってから1時間近く経とうとしている。お昼がすぎ、そろそろお腹も空いてきた。
帰ろうかとも思ったのだが、待っていてとシルフィスに言われたし、馬をそのままにして帰れないし・・・と言うわけで、そのままボーッと待っているのである。

(それにしても、キールがねぇ。)
先ほどから同じ事ばかり考えている。
今まで全然態度に表してくれなかったのに、ヤキモチを焼いてくれたのだと思うと――もちろん、キールに言うと否定するのだろうが――無意識のうちに顔が笑ってくる。
研究院を出るときにはあんなに落ち込んでいた心が嘘のようだ。
(乗馬も気持ちよかったしねー。)
馬の上から見る風景は小柄な自分の視界とは違って新鮮でとても気持ちが良かった。
(そうだ、乗ってみようかなー。)
危ないかな?ちょっと、頭を掠めたもののさっきの気持ちよさと好奇心には勝てずメイは自分を無理矢理納得させると、馬に近づいて撫でてみた。
馬は大人しく、動かない。
(手綱は外さないし、大丈夫よね。)
足をかけるとさっきシルフィスにならった通りのやり方で馬にまたがる。
「おっ、ちゃんと乗れるじゃない!」
少しずれた身体を動かし、馬にきちんとまたがる。

馬上からの風景はやはり気持ちがいい。
メイが周りの風景を見ようと辺りを見回した時だった。
(えっ?)
何が起きたのか理解する暇もなかった。グラリと視界が揺れるとメイは空中に投げ出されていた。
「きゃああああああっ!!」
視界の端に暴れている馬が映った。
馬が暴れて投げ出されたんだ・・・・・と理解する間もなく、メイは地面に叩きつけられた。
ドサッ
激しく背中を叩きつけられ息が出来ない。
叩きつけられた痛みと息苦しさでメイは気を失った。


暖かい。
髪と額と頬に暖かく柔らかな感触を感じて、メイは目を開いた。
自分の部屋だった。見慣れた天井、暖かいベッド。

パラ・・・
紙の音に眼をやると、すぐ枕元で窓枠に頬杖をつきキールが魔導書を読んでいた。
「キー、ル?」
メイの言葉にキールは顔を上げると、本を置いてメイの顔を覗き込んだ。キールは明らかに安堵の表情を浮かべていた。
「気が付いたか?」
「あたし・・・・・?」
「馬から落ちたんだ、憶えてないのか?」
くらくらする頭をフル回転させながら、メイはゆっくりと思い出していた。
「あ、そっか、騎士団で・・・・・。」
「思い出したみたいだな。」
メイは自分の身体に残る身近な、それでいてとても良く知る魔力を感じた。
「治癒魔法、かけて、くれた・・・?」
「ああ。」
キールは優しくメイの髪を撫でると囁くように言った。

「えへへ。」
メイはとても幸せな気分だった。
先ほどのキールの表情を思い出す。普段の仏頂面の鉄面皮からは想像もつかないほど、安堵の表情があって。心配していてくれたのだとわかって。
そして、先ほど感じていた柔らかい暖かさが何か、思い出したから。
キールの指、だ。
優しく、なぞるように、そっと、撫でる指。
付き合うようになってから、時々見せてくれる優しい表情と指の動き。
それと同じ動きだったから。
そして、キールの、優しい魔力に包まれていて。

「分化を終えていない私と2人での遠乗りを許してくれるはず無いじゃないですか。」

ふと、シルフィスの言葉を思い出す。
「ね。キール。」
「何だ?」
「大好き。」
にっこりと笑うメイに、キールは微かな――そう、メイでなければ分からないほどの――笑顔を返して、ゆっくりと口づけた。
「今日はゆっくり休め。」
「うん。」
「じゃあ、俺は部屋に戻るから。」
「うん。」
キールは、先ほどまで読んでいた魔導書を持って立ち上がった。

「キール。」
「何だ?」
「あのね、シルフィスは女性に分化したんだって。」
「あ?」
突然の話の展開についていけず、不審そうな表情で振り返るキールにメイはそっと続けた。
「だから、シルフィスと出掛けるとき、心配しないでね。あたしが好きなのはキールだけだから。」
「・・・・・・・・」
キールは不機嫌そうな顔でそっぽを向いた。メイはそれがキールの照れた顔だとよく知っているから、自然と笑いがこぼれる。
「もう行くぞ。」
「うん。」
クスクスと笑いながら手を振るメイを一別するとキールは部屋を出ていった。

暖かな、春の日。
メイの部屋からはクスクスと忍び笑いが続いていた。


ライン

Ria'sStoriesのトップページへ

トップページへ