ハッピーバレンタイン

湖乃 様

ライン

1月中旬、王宮書記官の執務室に向かう小柄な人影があった。
「アイシュ、いる?」
「あ、こんにちは〜メイ」
「・・・アイシュ、あのさぁ、お願いがあるんだけど」
「ななな、なんでしょ〜」
にっこりと笑顔を浮かべるメイに、アイシュは反射的にいつでも逃げられる体勢をとった。その腕をメイががっしりと掴む。
「聞いてくれるわよね〜?」

2月上旬、王宮の一室で、桃色の髪の少女と茶色の髪の少女が、仲良くお茶を飲んでいた。
「・・・てなカンジで、アイシュの協力を得て何とか形になりそうなのよ」
「まあ、それは良かったですわねメイ・・・でも」
ディアーナは可愛らしく首を傾げた。
「キールには刺激が強いのではないかしら」
「そこが狙い目なのよ。反応が楽しみ楽しみ〜」
あははっ、と明るく笑うメイを見て、ディアーナはそっとため息をついた。
「何だかキールがちょっと気の毒ですわ・・・」

そして、運命の2月14日。
誰かが部屋の扉を叩く音を聞いて、キールはわざとらしく顔をしかめた。
「何の用だ、メイ」
「やっほーキール。はい、はっぴーばれんたいん!!」
有無を言わさず、メイは綺麗にラッピングされた箱をキールに押し付けた。それは、普通のチョコレートが入っているにしては随分大きな物だった。そう、異常な程に・・・。キールが訝しげに眉を顰める。
「おい、これ・・・」
「今日は一番にキールの所に来たんだよ、感謝してよね。じゃ、あたしこれから他の人達にもばらまいてこなくちゃだから」
「おい、人の話を聞け」
「ちゃんと食べてよね!じゃあね〜」
ばたんっ!と勢い良く閉められた扉を、キールは凶悪な目付きで睨みつけた。まったくあいつは・・・・と、ぶつぶつ言いながら手の中に残された箱の包装を破いていく。
「俺が甘いものが嫌いだと知っててこんなバカでかい・・・・・・ん?」
箱のふたを開け、キールは硬直した。
それは確かにチョコレートに違いなかった。しかし、その形は・・・。
全長およそ30センチはあるだろう、メイそっくりの人物像だったのだ。
肩で揺れる髪から、勝ち気な表情、体つきに至るまで妙にリアルな出来だった(勿論、メイに頼まれたアイシュが全力で頑張った結果である)。
『ちゃんと食べてよね』
メイの言ったセリフが耳の中に甦り、かあっとキールは耳まで赤くなった。
激しく動揺している頭で必死に考える。
(これは、つまり、その、そうゆう事か?『わたしを食べて』って意味なのか。・・・俺としたことが何をこんな下品な事を考えて、いや、しかし・・・別にたいした意味はないのかもしれないしな。あいつのやる事だし、ただの嫌がらせかもしれない。そうだな、うん。俺を困らせようと・・・いや、でもな・・・・ちゃんと食べろと言っていたよなあいつ・・・いや、しかし・・・他のやつにもばらまきに行くとか言ってたし・・・・・・・・・・)
「他の、やつ・・・・?」
キールの思考が止まった。
メイが、この『チョコレート製メイ人形』を他の人々に配ったとしたら。
「〜〜〜〜〜ッ!!」
猛然と廊下を駆けていく緋色の肩掛の魔導師の姿を、他の魔導師達は目を点にして見送った。

「私もいただいていいんですか?メイ」
「もっちろん!シルフィスは親友だもん。ディアーナの分もあるんだ」
「ありがとうですわ、メイ」
それぞれ男性陣にチョコレートを配り終わった三人は大通りにある喫茶店で合流し、お茶を飲みながらとりとめのない会話を楽しんでいた。
メイに貰った、小さなハート型のチョコレートがたくさんつまった袋の口を開けて、ディアーナは嬉しそうに微笑んだ。
「可愛いですわ、キールにもこれを差し上げれば良かったのに」
「本命用は別。ディアーナだってあげたんでしょ?本命チョコ」
「い、いやですわメイ・・・あ、そういえばお兄さまの所で見たのと、これ形が違いますのね」
慌てて話題を変えようとするディアーナの様子に、メイは楽しそうな笑顔を浮かべた。
「で、首尾はどうだったの?ディアーナ」
「あう、メイ〜人が悪いですわ」
「まあまあ、メイ。殿方用はどんな形にしたんですか」
苦笑しながらシルフィスがとりなすと、メイはにっこりと微笑んだ。
「真ん中で二つに割ったハートに一文字づつ、『義』『理』って書いてあるの!」
明るく言い放つメイに、シルフィスとディアーナは脱力した。
「メイ・・・それはちょっと・・・」
「ひどいですわ〜」
「だって本当に義理なんだし、変に期待させるよりいいでしょ?」
胸を張ってそう言うと、ちらり、とメイは視線を窓の外に流した。
「本命はひとりで充分よ」
「メイっ!!」
乱暴に店の扉を開け、荒い息を吐きながら駆け込んできたキールに向かって、メイは大きく手を振った。
「キール!ちゃんと全部食べた〜?」
「ばっ、ばか・・・やろ・・・」
ぜえはあ、と大きく肩を上下させ、キールはメイに悪態をついた。
「お、おまえ・・・な・・・何、考えて・・・・・はあ、はあ」
「うわ、もしかして魔道研究院からここまで走りっぱなし?ダメだよ急に、普段運動不足の人が・・・」
「おまえのせいだろうがっ!!」
怒鳴り声と一緒に酸素を大量に吐き出して、ふらっとなったキールを慌ててシルフィスが支えた。
「キール、落ち着いて下さい」
「そうですわ、まずは呼吸を整えてから怒った方が良いですわ」
「・・・・・・・・・・・メイ、おまえ・・・あの人形他のやつに・・・」
二人を無視して凄みのある形相で聞くキールに、メイは優しく微笑んだ。
「キールにしかあげてないよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう、か。何だ」
一気に身体の力が抜けて、キールは崩れるように床に座り込んだ。
「キール!せめて椅子に座り込んでくださいな」
「私が手を貸しますから」
ほらほら、とディアーナとシルフィスに促されて、キールは緩慢な動作で椅子に座る。それを見届けると、二人はメイにそっと目配せをしてその場を離れた。ありがと、とメイも目で答える。
「ねえ、キール」
「・・・・何だよ」
「ありがと」
にっこりと笑うメイに、キールは不機嫌そうな視線を向ける。
「そんなに目一杯体力使う程、あたしの事気にしてくれたから、お礼」
「ば、違・・・」
「ねえ、キール」
「・・・・・・・・・何だよ」
「大好き」


その後、キールが『チョコレート製メイ人形』を食べたのかどうかは・・・・・・メイだけが知っている。

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