花と鎖

久方 蒔 様

ライン

ココンッ。
軽快なリズムで叩かれた扉に振り向きもせず、青年が声をかける。
「遅いぞ」
肩にかかるのは緋色の肩掛け。上級魔導師である彼は、彼の出来の悪い生徒を待っていた。
「はーいはい、すみませんでしたー」
あからさまにキールに向けてため息を吐きながら、小柄な少女が入ってくる。
「でもねぇっ、いくらなんでもこの量は多すぎるわよ!」
ぱすん、とキールの目の前に提出しにきた課題をおいてメイがぷぅとむくれる。
「課題を放り出して遊びに出たお前が悪い。きちんと毎日やれば、そう大した量じゃない」
一応、彼なりに計算された量を出しているのだ。
それが出来ないのは彼女の怠慢だと彼は言う。
「じゃあ、今週はこれを暗記しろ。覚えてるか今度テストするからな」
「ええええーーーーーーーーーっ」
決して薄くはない本を渡され、メイが盛大に不満の声を出す。
「今までの課題をちゃんとやってたら出来るはずだ。基礎だからな、この本は」
「キールのおにーーーーっ!!」
さんざん喚く少女の額をぴんっと弾き彼は手の書き物に戻ろうとして、ふ、と気がついた。
(…………?)
微かに芳る花の匂い。
その彼の表情に、少女がぱっと顔を輝かせる。
「あ、わかるー?」
照れくさそうにメイが笑う。
「こないだシオンに香水もらったの、つけてみたんだ」
役職上では一応の、上官の名に、キールが僅かに眉根を寄せる。
宮廷一の色好みと言われる筆頭魔導師が――それが色っぽい話かどうかはともかく――彼女を気に入っているのは周知の事実だ。
「…………………」
それを青年が快く思っていないことは、ほとんど誰も知らないが。
「何よー。褒めことばの一つもないの? そんなんだったら、女の子にもてないわよ」
無言の青年に、少女がもう一度ふくれっ面をする。
まあ、あんたにそんなもん期待するだけ無駄だろうけど!
ブツブツと言う彼女に、努めていつもと変わらない表情で行動予定を問う。
「で、今日はこれからどこへ行くんだ」
「んー、今日はシルフィスんとこ」
さらに、微妙にシワを刻む眉間。
「騎士団へ行くなら、それ落としていけよ」
「ええー、何で?」
盛大なブーイングに、納得させるようにゆっくりと青年が言う。
「その匂い自体は悪くないがな………騎士団の匂いと混じると悪臭だ」
ただし、デリカシーにかける言い方ではあったが…………。
「……………も、いいっ!!」
青年のあまりの言いぐさに肩を怒らせ、ドアの音も盛大に少女が出ていく。
その後ろ姿を見送らず、保護者の青年は苦い顔ででため息一つ吐いた。


「って言うのよ! 信じられる!?」
少女のあまりの剣幕に、彼女の親友の騎士見習いが困ったように笑う。
「そりゃーさぁ、褒めことばなんて期待できないって分かってたけど! でもっ、そーいうこと言う、ふつー!?」
香水なんて付けるのは初めてだったのだ。
立ち上るほのかな香り。照れくさいながらも、なかなか悪くないと思っていたのに。
「まあ……でも、実際騎士団は汗臭いですからね」
「そりゃそうけどさーっ」
だがしかし、はっきりと口に出したりはしないけど、憎からず――たまに、いや、かなり頻繁に憎たらしくは思うけど――思っている相手に、初めての装いをデリカシーのない表現で却下された乙女心というのは、そういう問題じゃないのだ。
「でも、この匂い、変じゃないよね………?」
後半部分、やや弱気で問う友人を、シルフィスはとても可愛いと思う。
「そうですね、とても良い香りだと思いますよ。メイにも似合ってますし」
さすがに遊び人だけあって、シオンの選択眼は確かだ。
「でしょでしょー」
ぱっと顔をあげて嬉しそうにする彼女は本当に可愛い。
だから、彼女を止めたキールの気持ちも実は分かったりする。
香水を贈った宮廷筆頭魔導師の下心。
おまけに女っ気のない騎士団で、そんな可愛い女の子が良い匂いをさせていたら、オオカミのなかに子羊――ただし、その羊はオオカミよりも危険だが――を放り込むようなものだ。
(でも、メイも鈍感ですからね……)
保護者の青年の苦労を想い、シルフィスが密かに苦笑する。


「キールのおにーーーーーーーーーーっ!!」
帰ったメイを待ち受けているのは、常の倍の課題の山。
「うるさい、遊びに行く時間があるならさっさとやれ!」


鼻孔をくすぐる花の香り。
それは気づかなかった人間にも、それが花だと知らせる香り。
自由に動き回る花を守るため、花守りの青年がかけるのは課題という名の束縛の鎖。
彼らを囲む悪循環。
彼の苦労はまだ絶えない―――。

ライン

PresentStoriesのトップページへ

トップページへ