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「いいか、女ってのは特別な魔法を使うんだぜ」 すちゃらかで通っている筆頭宮廷魔導師は、堅物で知られる後輩の肩をがっしりと掴んで言った。 その手をうっとうしげに払いのけ、キールは胡乱げな視線をシオンに向ける。 「男女の別によって使用可能かどうかが決まる魔法など聞いた事もないですがね」 「いやあ、あるんだなコレが」 にかあっと、満面の笑みを浮かべ、シオンはちちち、と指を振った。 「勿論、ふつー俺達が使うような魔法じゃないぜ。でも、効果はものすごーく絶大だ。でもって、年頃の嬢ちゃんは言うに及ばず、赤ん坊からその辺のおばちゃん、もうろくしたばーさんに至るまで女なら誰でも使える」 ここまでくると、さすがのキールもシオンの言わんとしている事を理解した。 それすなわち、恋の魔法。 「………………なにくだらない事を言ってるんですかあなたは。それより、報告書です。受 け取って下さいシオン様」 「はいはいっと」 報告書を渡してさっさと立ち去ろうとする青年の背中に、シオンは声をかけた。 「キール!」 「………………なんですか」 面倒くさそうに振り返った青年に、ぱちん、とシオンは片目を瞑ってみせた。 「おまえんとこの嬢ちゃんを良く見とけ。きっとおまえにも解るようになるぜ」 そんな会話があったのが昨日の事。 くだらない、と思いつつもキールの目はついついメイに向いてしまっていた。 季節は初夏、メイが魔法研究院に居住するようになってもう三ヶ月目に入る。最近は少女もこの世界での生活に慣れてきて、遊びに勉強に、日々精力的に活動していた。 明るく前向きな性格からか、友人も増え、彼らと一緒にどこかに出かける事も多いようだ。 しかし、今日は一日魔法研究院で補習に励むつもりらしく、参考書を抱えてキールの部屋を尋ねてきた。質問をして自室に帰るはずが、何故かそのまま居座ってキールと同じ机で課題を解いている。青年は、魔法書をめくっていた手をふと止めた。 「…………………………メイ」 「ほえ?」 「おまえの得意な魔法を言ってみろ」 何やら難しい顔をしてそう尋ねる青年に、なんか怒られるようなことしたかな〜、と思いつつ少女は答えた。 「ファイヤーボールだけど」 「馬鹿の一つ覚えだな。まあ、そんなものか………」 「ちょっと!素直に答えりゃ何なのよ一体っ!!」 ぎゃんぎゃんと喚く少女を見て、はーっ、と青年はため息をついた。 (まったく………これで本当に成人女性か?) 胸は無いし、と青年の視線が少女の上半身で止まる。 「ちょっと、キール?聞いてんの!?」 腰は、細い。同年代の女性にくらべて、少女はどちらかと言えば小柄で華奢だ。 机に隠れて今は見えないが、元気いっぱいの彼女に相応しくすらりと引き締まった足が頭に浮かぶ。こいつ、堂々と短いスカートを履いているだけあって足は綺麗なんだよな……などと考えながら、キールはぼんやりと少女の顔に目をやった。 「キール……………………ねえってば」 こんな風に、静かに話す時の声は嫌いじゃない。喚かれると堪らないが。 自分を見つめる透きとおった焦茶の瞳、柔らかな頬の線、微かに開かれた唇。 「キール?」 自分を呼ぶ声。 少女に出会うまで青年は孤高の人だった。同僚とは反りが合わないし、友人もいない。 当然、親しみを込めて彼の名前を呼ぶ人など、双子の兄以外には存在しなかった。 しかし、今は違う。 毎日毎日、鈴を転がすような声で、少女が青年の名前を繰り返す。 キール、キール、キール…………………………。 (…………何だか、変な感じだ) 不覚にも、心臓が高鳴る。 出会いが出会いだったのと、彼女のさっぱりした性格や態度、そして何よりキール自身の「俺はこいつの保護者だ」という意識のせいもあって今まで彼は、メイをひとりの女性として見ていなかった。手間のかかる生徒、もしくは妹程度に思っていたのだが。 キールは、目を開かれたような気分だった。 メイが年頃の娘だという事に、そして、少女が綺麗だという事に、彼は今初めて気づいたのだった。……よりにもよってシオンの言葉をきっかけに、というのも何だか情けない話であるが。 「……………ちょっと、ほんとにどうしちゃったのよ。黙り込んだと思ったら今度は赤くなったり青くなったり…………っ!?」 くしゃり。 ふいに、キールに頭を撫でられてメイは息を飲んだ。補助魔法をかける為に青年がよくする仕草だったが、その撫で方が何故かいつもと違う気がして、妙な気恥ずかしさをおぼえる。 (な、なんか今日のキール、ちょっとヘンじゃない?) ちょっとどころか物凄く挙動不審な青年に、内心メイは冷や汗をかいていた。 「メイ」 「なにっ!?」 思わず叫ぶ様に答えると、青年はわざとらしく眉をしかめた。 「おまえ………性格はあれだが見てくれはまあまあなんだから外出する時には気をつけろよ」 「へっ?」 「一応は年頃の娘なんだしな、一応は」 嫌みったらしくそう言うと、青年は椅子から立ち上がった。 「ちょ……ちょっと、どこ行くのよ」 慌てて少女も立ち上がると、それに対してキールは手にした魔法書を振ってみせた。 「今日で返却期限だ」 「あたしも…」 行く、と言いかけた少女を青年は睨んで止めた。 「おまえは課題を終えてないだろ。…ちゃんと勉強したら褒美をやるから、大人しく待ってろ」 「は?褒美って……ちょっ…キール!!」 少女が混乱している間に、さっさとキールは部屋を出て行ってしまう。 メイは呆然と、目の前で閉められた扉を見つめた。 「…………………………へん、だったよねえ?」 うーん、と腕を組んで考える。 「なんか、あたしの事を急に意識したみたいな〜……あの、キールが?」 メイは、結構キールが好きだった。 ひねくれた話し方ばかりして、態度も尊大で嫌みっぽい天才魔導師。親しい人もなく、誰にも心を許さない青年。出会ったばかりの頃は正直言ってむかついたけれど。 (傷つくことを妙に怖がってて、意外と優しいところがあったりして、照れ屋で、他人の感情に聡いくせして鈍感で、くそ真面目で結構努力家で……………なんか、かわいいのよね。いじめたくなるタイプってゆーか……言ったら怒るだろうけどね) キールが少女の事を恋愛対象として見ていないのは知っていた。 何度か、冗談半分に青年を挑発してみたのだが、彼はひっかかるどころか気づきもしなかったのだ。それは、キールが色恋ざたにおくてだと言うよりも、単にメイを女として認識していないせいだ。少女は直感的にそれを見抜き、もったいないけどキールは諦めよう、と思った。 別に、本気で死ぬほど好きというわけではなかったから…………今は、まだ。 「………………課題、終わらせよ」 頭を振って雑念を払うと、メイは再び席に着いた。さっきまで自分が座っていた椅子ではなく、キールの椅子を選ぶ。そっと椅子の背にもたれ掛かると、青年の匂いがした。 「御褒美って、なにかなあ…」 ぽつり、と少女は呟いた。
メイは、今のところキールに想いを告げる気がない。
お互いに、相手のこころに気づくのにはあと少し。
…………………………………………………………………………………いまは、まだ。
狂言回しのシオンと、挙動不審なキールを書くのが物凄く楽しかったですわ(笑)。 出来上がった恋人同士よりも、不完全燃焼な関係の方が書いてて面白い………だからラブラブが書けないのか?(^^;)。こんなのはどうですか、りあさん。ダメ?
りあ |