|
近衛騎士団でけが人が発生し、しかもそれがシルフィスだと聞くやいなや、メイは読みかけの本もそのままに、キールと一緒に怪我の治療に駆けつけた。
シルフィスが未分化のアンヘル族と知るメイは、その傷の深さより、心に与える衝撃をおもんばかって、少しでも軽くなればと、自ら治療を勝手出た。
けれども、勢いに乗じて言いだしたものの、本格的な治癒魔法はまだ使ったことがなかったのだ。
思っていたより酷いシルフィスの傷を前にして、動揺するメイをキールが扉の外から励ました。
「落ち着いて、俺の言うとおり唱えろ。」
「・・・うん。」
力強いキールの声に、メイのやわらかな声が続き、シルフィスの傷は癒された。
「もう、大丈夫だね。」
「ありがとう、メイ。」
シルフィスの信頼に応えることができて、心底安堵したメイである。
専門的な治療は、あとからやってくる医師達に任せることにして、メイはシルフィスの部屋を後にした。
騎士団の宿舎の庭には、あまり手の掛からない花が植えられている。
誰の趣味かはわからないが、今は丁度コスモスが花盛りだった。
格別変わった花ではないが、庭一面に広がって風に揺れている姿には、なんとも言えない風情がある。
「へーえ、あんたたちは、どこでも咲くんだね。さすが、逞しいじゃん。」
メイは誘われるとはなしに、コスモスの花の中に分け入っていった。
風が吹く度に花が揺れ、メイのサラサラの髪を梳いていく。
目を閉じると、先ほどキールと一緒に唱えた呪文が脳裏を巡る。
「治癒魔法を使ったの、これが初めてじゃないのにね。」
騎士団をよく訪れるメイは、訓練中の騎士達にもよく出くわす。
訓練といえど実戦並の激しいものだから、けが人が出ることも少なくはない。
多くの場合、軽傷であるから、メイはお願いされれば気軽にその治療に応じていた。
そうすれば、研究中のキールを引っぱり出さずにすむ。
このところ、満足な睡眠も取らず、ひたすら研究に没頭しているキールをメイはメイなりに気遣っていたのだ。
シルフィスの治療はとっくに終わったはずなのに、宿舎からなかなか戻ってこないメイに痺れを切らしたキールは、ずかずかとメイを探しに戻ってきた。
それほど探し回る必要もなく、メイはすぐに見つかった。
色とりどりに満開の花を咲かせているコスモスの庭で、メイは花と一緒に風に揺れていた。
はかなく揺れるコスモスに、何故かメイの姿が消え入るような錯覚がキールに襲いかかった。
「メイ!」
キールの声に驚いて振り返った時は、いつもの快活なメイだった。
「ごっめーん。待った?」
えへへと照れ笑いしながらメイはキールの側まで駆け寄ってきた。
「何してたんだ?」
ホッとしながらも、声だけは不機嫌な色をしている。
「あたしでも、役に立つことがあるんだなーって、ちょっと感心してたワケ。」
何気ないメイの答えに、キールは何故か愚痴が突いて出た。
「お前は、十分よくやってる。情けないのは俺のほうさ。未だに約束が果たせないんだからな。」
そう、キールはメイに必ずもとの世界へ返してやると約束したのだ。
あれから数ヶ月、まだその約束は果たされていない。
だから、メイはここに居る。
「ね、占ってみようか?」
メイの瞳が悪戯っぽい光を浮かべて言った。
「占うって?」
訝しげなキールに、メイは手近にあったコスモスの花を一枝摘み取ってみせた。
「じゃーん。一番昔からある占いだよ。」
クスクス笑いながら、メイは花びらを指で摘みむしり取る。
「帰れる、帰れない、帰れる、帰れない・・・。」
交互に唱えながら、一枚一枚、花びらをむしり取っていく。
最後に残った一枚は・・・。
「・・・帰れない。」
「そんなことはない!」
ムキになったキールに、メイはまた別のコスモスを摘んできて同じことを繰り返す。
結果はやはり、「帰れない」。
「ちょっと貸して見ろ。」
メイが新しく摘んできた花を取り上げると、キールは同じように花びらをむしり出す。
「帰れる、帰れない、・・・。」
最後に残った1枚は、やっぱり「帰れない」だった。
「なんで・・・!」
その時、キールはコスモスの花びらが8枚であることに気が付いた。
キールの顔色の変化に、やっと気が付いたか、とメイはクスリと笑った。
メイはキールの手に残る最後の1枚を摘むときっぱり言った。
「帰りたくない。」
メイの指から、コスモスの最後の花びらが舞い落ちていった。
驚きの眼差しが真剣な眼差しを見つめている。
「どこに居たって、あたしは、あたし。」
茶色い瞳が緑色の瞳を見つめ返して言った。
「あたしが、あたしらしくしていられるところが、あたしの居る所なんだから。
それに、あたし、キールのこと・・・。」
言葉を遮るかのように、キールの指がメイの唇に触れた。
「本当にいいんだな?」
メイは返事の代わりに、唇に触れられているキールの指を自分の手で包み込むようにして外した。
ふたりの繋がった手が、互いの心をも繋げていく。
「・・・何もない俺だけど、ずっと、一緒にいてほしい。」
メイの唇にキールの唇が触れ、伸ばされた腕が互いの身体に廻されると同時に、深い口づけへと変わっていった。
第三者には、これが最初のキスだとは信じられなかったろう。
しかし、これが最後のキスでないだろうということは、キールとメイには確実に、そう、一目瞭然に明白だった。
|