いつもあたしの先を歩いている。
どんなに走っても追いつけない。
あなたのために、あたし、出来ることがあるの?
ダリスの攻撃を受け、クラインは混乱していた。
王宮の中では、セイリオスやシオン、レオニスやガゼル、それにシルフィスが、毎日のように執務室に閉じこもり、戦況を話し合っていた。
キールはダリスの魔法兵器に対抗する創造魔法を習得するために、研究院のなかから、出てくることはなかった。
「ねえ、キール。少し休んだほうがいいよ。」
メイは、ここのところほとんど寝ていないキールを心配していた。
「何を言ってるんだ。これを習得すれば、ダリスの攻撃を封じ込めることができるんだ。
少しの時間も無駄にはできない。」
キールは手を休めるどころか、より知識を深めるため魔道書に没頭していく。
メイはどうすることもできない自分に悔しさを感じていた。
いつも文句をいいながらもあたしを支えてくれた大好きな人。
こんなときでさえ、あたしは力になれないんだ。
メイは今までの自分を呪った。
こんなことになるならもっと、真面目に魔術を学ぶべきだった。
でも、そんなことはもうどうしようもないこと。
「キール、急いで来てくれ。」
王宮から早馬に乗って、シオンがキールを迎えに来た。
それは、攻撃が王宮にまで及ぶであろう前ぶれ。
キールとメイは呼ばれるままに王宮に向かう。
その部屋にはセイリオスを始めシオン、レオニス、ガゼル、それにシルフィスが集まっていた。
もし、王宮にまで攻撃が及べば、国王はもちろん、セイリオスやディアーナにまず、刃が向けられることは間違いない。
「それだけは避けなくてはならない。そこで、ディアーナを王宮より脱出させる。」
セイリオスは、苦渋の選択に顔を歪めながら言う。
「なぜ、国王や殿下はどうなさるおつもりですか。」
「この国を指揮するべき者がいなくなれば、兵や国民の動揺を誘うだろう。」
なによりもクラインの民があってこそ、そんなセイリオスの言葉に皆は納得する。
「そこで、キール、メイ。二人に護衛を頼みたい。出発は明日の朝だ。」
「メイもですか……。」
「そうだ。男女の二人組というのが、1番ごまかしやすいんだ。」
「わかりました。」
それは、部屋中に力強く響いた。
「キール、メイ、国王より伝言があるんだ。聞いてくれないか。」
その言葉は、今までのセイリオスとは違う、懇願の意が込められていた。
「どうか、ディアーナを頼む。二人に危険な任務を頼むことに申し訳ない気持ちでいっぱいだ、とのことだ。」
自ら指揮をとるため、執務室を離れられない国王の精一杯の言葉。
「これは、国王である父だけではなく、兄である私の言葉でもある。二人とも頼む。」
そう言うと、セイリオスは二人に頭を下げる。
皇太子ではなく、一人の兄としてのその姿は、誰もが予想だにしないほど真摯だった。
キールは自分に託された事の重要さを噛み締めていた。
こんなときでさえ、メイはうれしかった。
一緒にさえいれば、いつかキールの力になれる、そう信じていたから。
「こんなものでいいよね。」
メイは小さなリュックに二人分の衣類と食料を入れると、背中に背負う。
「俺が持つよ。」
キールはその荷物をメイの背中から外そうと手をかけた時、その背中の小ささにはっと息をのむ。
このところ自分につき合ってほとんど寝ていないメイ。
キールは思わずメイの肩を抱いた。
「キールどうしたの。」
あまりの急なキールの行動にメイは驚きの声をあげ、振り向く。
さらさらとゆれるその髪、くりくりと忙しく回るその瞳、その見た目にはわからないほど柔らかな唇。
キールはそんなメイがたまらなく欲しくなり、肩を抱くその手に力を込める。
メイはそんなキールに全てを預けるようにそっと寄り添う。
「大丈夫だよね。きっと、もとのクラインに戻るよね。だって、そのためにあたしたち頑張ってるんだもん。」
漠然とした不安に押しつぶされそうな自分をわかってほしくて………。
「あぁ、決まってるさ。」
キールは優しく微笑む。
そして、メイを抱きしめ、そっと唇を重ねた。それは、長く……深く……二人を結びつけていく。
メイは緩やかな温かい流れの中で、心の不安が少しずつ解けていくのを感じた。
次の日の朝、王宮の裏に小さな一台の馬車が止まっていた。
「一体、ディアーナはなにをやっているんだ。」
セイリオスはディアーナが一向に現われないことに焦っていた。
『忘れ物があるからすぐあとに行きますわ。』そう言い残したまま、いまだ来ないのだ。
「あたしが見てくるよ。」
メイはにっこり笑うとすぐさま走り出し、ディアーナの部屋へ向かう。
いつの時も友達として付き合ってきたディアーナ、メイはただ心配だった。
部屋に入ると呆然と座り込む、ディアーナの姿があった。
「ディアーナ、みんな待ってるよ。」
「メイ、私はこのままこの国を逃げ出してもいいのかしら。」
それは、小さな小さな呟き。
「なにいってるの。ディアーナは生きなくちゃいけないんだよ。そのことがクラインにとって、大事なことなんだよ。」
メイはディアーナの気持ちが手に取るようにわかる。
いつも王女であることに無頓着なふりして、実は誰よりもこの国を愛していること。
こんな状態で逃げ出すことに、嫌なほど罪の意識を背負ってしまうような女の子であることを。
「さあ、行こう。みんなが待ってる。」
メイはディアーナの肩に優しく手を添えると部屋をでるように促した。
ディアーナはゆっくりと立ち上がり二人が部屋をでようとした時、突然爆発音が響いた。
メイはとっさにディアーナに覆いかぶさる。
「もう、ダリスの攻撃が始まったんだ。」
メイはディアーナの腕を掴むと走り出した。
ドカーーーン
突然のその音に頭が真っ白になる。
「くそっ。攻撃が始まったんだ。二人はなにをやっている。」
そう言うと王宮の中へ入っていこうとするセイリオスを、すんでのところでキールは押し止める。
「待ってください。私が必ず連れてきます。殿下はどうか安全な場所で待機していてください。」
キールはセイリオスに御辞儀をするときびすを返し、王宮に中へ走っていく。
「頼んだぞ。」
セイリオスは呟いた。
遠い……。
キールはその廊下を走りながら感じていた。
何度も行ったことのある部屋のはず、こんなに遠かっただろうか。
爆発のせいだろう、窓ガラスは割れ、走るたびにがちゃがちゃ音がする。
二人ともけがをしていないだろうか。
ふとメイの顔が浮かぶ………泣いている?
なぜ泣いているんだ………メイ。
どうしようもない胸騒ぎを感じたキールはその足を更に早める。
あまりの早さにつまずきそうになりながらも、そのスピードはゆるめることはない。
窓の外には澄み渡ったあの蒼い空は見えない。
ただあるのは、灰色の煙と真っ赤な炎、鼻につく焼けた匂い。
「メイ…メーーーーイ。」
ディアーナの声が聞こえてくる。
キールは、その声のするほうへ駆け寄る。
「姫、どうされたんですか、こんなところで。さあ、早く殿下のところへお急ぎください。」
「だって、メイが、メイが………。」
ディアーナとともにいるはずのメイの姿がない。
「お母さまの写真を忘れたって言ったら、取ってくるってすぐに行ってしまいましたの。」
声が震え、その瞳からは涙が溢れだしている。
キールはディアーナの涙をそっと拭き取る。
「メイは自分で行くといったのでしょう。姫の気持ちがわかったのです。
さあ、心配しないでこのまま殿下のところへ。足元には注意してください。」
ゆっくりとディアーナを立たせると、王宮の外へ行くようにと促す。
「キールはメイを捜しに行ってくださるんですわね。お願いしますね、私の親友ですから。」
「はい。俺にとっても大事な人ですから。」
ディアーナはその瞳を見る。それは、愛するものを想う瞳。
ディアーナは安心したように、歩き出す。
(キール、お願いしますわよ。必ずメイを連れてくるんですのよ。)
その心を残して………。
「あたしって、どうしてこんなにドジなんだろ。」
メイは足を抱えたままディアーナの部屋の隅で座り込んでいる。
その手には、ディアーナの母の写真。
なによりも写真をと急いだ結果、転んで足をくじいてしまったのだ。
部屋の中が何だか暑い。
どこかが燃えているのかもしれない。
メイはディアーナのところへ行こうと立つが、足に力が入らない。
こうしてると、世界に自分一人が取り残されたような気がしてくる。
「キール……。」
自分でも知らない間に漏れてきた名前。
いつも自分を支えてくれた人。
元の世界に戻らなかったのだって、キールがいてくれたから。
あの深緑の瞳のなかに戻りたい。
熱さのせいで頭がぼぉっとなりながら、壁にもたれ掛かる。
このままここで死んじゃうのかなぁ、そんな考えさえ浮かんでくる。
「助けにきて……、キール……。」
いつの間にか流れ出した涙は煤で汚れたその顔を洗い流していく。
こっちにきてから泣いたことなんてなかったのに。
いま、キールの名前を呼ぶとどうしてこんなに涙が溢れるの?
「メ………イ……。」
自分を呼ぶ声が聞こえる。
「メ……イ。」
その声はだんだん大きくなってくる。
「メイっ。」
肩を揺さぶる手とともにキールの顔がそこにあった。
「キール? どうしてここにいるの?」
「お前を助けにきたんだろう。」
そういうとキールはその背中にメイを背負う。
「しっかりするんだ。行くぞメイ。」
「ごめんね。キールの力になりたかった。」
「何言ってるんだ。お前の存在こそが、俺の力なんだ。いつものように笑っててくれ。」
「ははっ、やっほーーー。」
「ぷっ…。それでこそ、メイだよ。」
キールは明るく笑うと、メイを背負ったまま走り出す。
そっか、こんなあたしでもキールのためにしてあげられることがあるんだね。
これから、もっともっと笑ってあげる。
それが、あたしなんだね。
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