歩く台風、傍若無人のクラッシャー。
その他もろもろ、年ごろの少女に相応しくない称号を得た異世界からの来訪者。
とは言いつつも、半年もここ――クラインの魔法研究院で暮らしていれば、
自然と知り合いはできるもので、
10月にもなれば、夜は冷え込み寒いもの。
寝る前に少し温まろうと、厨房でホットミルクを入れていたメイは、
緑の肩掛けをした魔導師に呼び止められ、書類をぽんと渡された。
「君、悪いけど、これキールに渡しておいてくれないか?」
このようにキールへの渡し物を頼まれることも、まあ珍しいことではない。
コンコン・・・コンコンコン・・・ガンガンッ・・・ガッガッ。
何度目かのノック。
「キール? キール居ないのぉ?」
ノックしても返事のないので勢いよくドアを開け、部屋に入るメイ。
(相変わらず、散らかってんなぁ)
そこここに積まれた魔導書に、呪文を書いた巻物の類。
オーブに、得体の知れぬ鉱石の数々。
足の踏み場しかない床に気をつけつつ、メイは慎重に歩を進める。
何しろどれかひとつ一つでも壊したら、どれだけのお説教が待っているか。
・・・思いっきり実証済みだ。
本棚の向こうの書斎にはほのかに明かりが灯っている。
「キール?」
細かい性格のあの保護者が、明かりを消さずに出かけることなど無いだろう。
訝しげに、ぴょこんとそちらをのぞき込む。
(・・・珍しーっ・・・)
閉じられた瞼。淡い陰影を落とす長いまつ毛。
積まれた本にもたれ掛かるようにして、キールがうたた寝をしている。
どうせ、また徹夜でもしたんだろうと呆れ半分ため息を付き、空いた場所に書類を置く。
(・・・結構冷えるよね?)
部屋の中とはいえ、このまま放っておけば風邪を引きそうな程度には冷え込む。
むー、とちょっと考え、クローゼットを勝手に漁りマントを取り出す。
起こすのはちょっと勿体無い。
だからそうっとマントを掛ける。
(こうやってると、文句なしに綺麗な顔なんだけどなーっ)
さらさらとした亜麻色の髪。整った顔立ち。
閉じられている瞼の奥は、翠の宝石。
人当たりの悪い性格故に近づく女性は少ないが、実は結構もてているのもメイは知っている。
(まあ、性格で割り引かれるけど)
このまま部屋に帰ろうとは思うものの、なんとなく離れがたい。
でも、じーっと見ていると、むくむくといけない心が湧いてくる。
(・・・起きるかな)
そう思いつつ、キールの髪を梳いてみる。
指通りの良い、さらさらの髪。
少し嬉しくなって、何度か繰り返す。
自分の気持ちを口にすることは無いだろうけど。
今くらいは、この時だけは。
ちょっとくらい素直になっても良いかもしれない。
「あんまり無理しないでよ?」
起こさないように囁いて。
優しい微笑みで部屋を出る。
ぱたんとドアが閉まった後に。
顔を押さえて、大きく息を吐くのは彼女の保護者。
「・・・・・・」
頬に触れた、柔らかい感触。
(無理するなって・・・それこそ無理だろ・・・)
顔に浮かぶのは、苦しいような哀しいような微笑み。
「帰してやるって、約束しただろ・・・」
それに気づかないようにそっと蓋をして、開いた書物に向き直る。
(あと少しで完成なんだ・・・あと少しだけ)
運命の日まであと少し。
それはまだ、月が満ちる前の情景。
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